音楽を盗むこと: それは悪か善か?この記事を読んで、思い出すのはアシモフの言葉。
「問題は、われわれの社会、われわれの文化、われわれのあらゆる思考形態が、無限の世界という仮定のうえに成り立っていることである」
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そこに森があるからといって木々を刈り取るだけだと、砂漠化という未来が待っている。
同様に、音楽や映像やマンガやゲームも、無限に供給されるものではない。
TV局の電波は永遠に発信されるの?
インターネットのコンテンツは永遠に供給されるの?
コンテンツの質や量は、これからも高まり続けるの?
何を根拠にそう考えるの?
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techcrunchの記事のような寝言を吠える人間は、コンテンツの有限性が理解できていない。
付け加えると、「あらゆる人間がコンテンツを盗んだらどうなるか」という想像ができていない。
想像どころか、中国や韓国あたりでこの結論はすでに出ているのに。
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コンテンツに対して対価を払うことだけが、消費することしかできない私ができる、唯一の文化維持活動なのだ。
それが商品ならば、代金を支払う。
それがフリー公開なら、感謝の言葉を作者に伝える。
リンクを設けて、作者に対価が届くチャンスをわずかでも拡大する。
ささやかではあるが、無力というわけでもないだろう。