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小林尽「夏のあらし」を読んだ
タイトルからしてヘルマン・ヘッセを意識しているような感じだけど、私はヘッセを読んだことがない…
2巻の最後でそばかすの姉さんが読んでいるのはヘッセの「デミアン」だ。"鳥は神に向かってとぶ。神の名はアプラクサスという"
手持ちの悪魔辞典によると、アプラクサスとはグノーシス派の至高神で、生物と神との調停をおこなう、とのこと。
らき☆すた 23話にゴトゥーザ様が登場
ゴトゥーザ様のバイクはCB400SFの青じゃなかったっけ?バイクのディテールはそれっぽいけど。
…
バイクや車の発進シーケンスというのは、複雑な上に見栄えもさして良くないということで省略されるのが世の常である。
ゴトゥーザ様の発進シーンで省略されているディテールは、
・バイクに右側からまたがっている。片足スタンドを使うとバイクが左に傾く、左利き足の人が多い、この2点により殆どの人は左側からバイクにまたがる。
・アクセルをあおりながらエンジンをかけている。非常に寒い日でスタータレバーを引いてもかからないといった特殊な状況を除いて、通常はアクセル全閉でかける。(あおると逆にかかりにくい)
・エンジンがかかると同時に前照灯が点灯している。現実にはキーをONに回した時点で前照灯が点灯するので、エンジンをかける前から点灯していることになる。(キーを回す描写がないので)
後は、スタンドをしまう描写がない、クラッチおよびギヤ操作を行う描写がない、など。
#最終回は文化祭…うる星やつらあたりをキーワードに色々と述べる人が出てくるかな?
らき☆すたについて書くと何かトクがある?
"らき☆すた" "ニコニコ動画" "MAD" "面白くない" あたりで作文を書くと何かトクがあるらしい。
お盆休みが近づきヒマを持て余す → ニコニコ動画を見る → らき☆すた関連が目に留まる → 上記のワードを組み込んで何か書く みたいな流れ?
オタク批判ってのはTVでいうラーメン、子供、動物みたいな位置づけか。アクセス数アップのための鉄板ネタという印象がある。
人斬りはフロイト主義を振るう
戦闘美少女がどうのこうのという話について。
「劇画を読んだら手を洗おう、少女マンガを読む前に手を洗おう」という言葉は今から30年ぐらい前だっけ?
倒錯性のある作品に興じるごく一部の人達を、フロイト主義あたりで切り捨てる。
この構図は30から40年ぐらい前、男性が少女マンガを読みはじめた時から廃れることなく続いている。
フロイト主義は人間本能に基づくが故に万能である。「取りあえずフロイト主義で斬っとけばおk」ぐらいの冴える切れ味。ただの人斬りがこういう刀を好んで振るう。
…
(銀魂より引用)
妙「バナナは男性器に見たてる事ができる 恐らく九ちゃんは男性への憧れから無意識にバナナをむさぼり求…」
お登勢「しょうもねー考察いらねーから!!」
電脳コイル:迷路の用途
たまごまごごはん - 電脳コイル考察あれこれを読んで。
まず、方違えとは、「凶となる方角への移動を避けるために迂回路を行くこと」であり、電脳コイルのように「特定の道順をたどることで秘密に辿り着く」というものではありません。
…
寺山修司は迷路の用途についていくつかの例を挙げている。その中のくだり。
『宗教的用途 = 人間の天国への旅を妨げる試練。迷路模様として用いられる「螺旋」は、「隠れた中心へ導く、遠回りの小道」という意味を持っている』
迷宮というのは、秘密を掴むために負うべき試練の一形態というわけ。
「秘密」は選ばれた者にだけ開かれるという性質を持つ。従って謎めいた方式が推奨される。みんなが知らない方法。特定の材料、特定の時間、特定の手順。
鬼頭莫宏は鳥山明に似ている
2chの中で「ドラゴンボールは思想性がなくエンタテイメントだけで出来ているのが凄いんだ」という発言があって、なるほど!と思ったことがある。
鬼頭莫宏も同じで、いかに読者の注目を集めるか、興味を持続させるかというあたりを最優先にしている印象がある。
ベクトルは正反対だけど、エンターテインメントのみを指向しているという点で鳥山明と似ている。藤田和日郎と対極の作家という感じ。

