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初音ミク楽曲の一般受け?について(ほろ酔い)

例えば、初音ミクの曲を聴く場合、「初音ミクをきっかけに巻き起こった幸福なムーブメント」を知っているかどうかで、印象は大きく変わる。
冷静に考えてみよう。初音ミク楽曲を礼賛するとき、我々は
「個人制作の楽曲が人気を集める幸せな状況」
「初音ミクという仮想存在に対する思い入れ」
「伽藍とバザールのような、創作の連鎖が巻き起こるエキサイティングな動き」
といった、楽曲とは本来関係のない"背景"込みで礼賛していないだろうか?
この"背景"を共有していない人達にとって、初音ミク楽曲は自分が感じるほどには「素晴らしい」と思われないだろう。初音ミクムーブメントは、それが複数の背景のミックスであることが、拡大を促すと同時に阻害もしてしまう。

#
本当は、一般受けする音楽というのは優れたマーケティングや取捨選択といった綿密な計算によって成り立つ(もちろん、例外はあるが)。背景は、薄く分かりやすくキャッチーにしておく必要がある。
でも、そういうのは他に任せときゃいい。ムーブメントってのは背景込みでどっぷり浸かってこそ楽しめるってもんだよ。
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劣化移殖は男のロマン!wii「デッドライジング」

wii「デッドライジング」をただいまプレイ中。
元がXbox360なので、ゾンビの数が少ない、ジャンプできない、写真撮れないなど削除された要素が多いらしい。
でも、数が少ないと入っても常時10体ぐらいは画面上にいるし、そこらにある物を掴んで手当り次第にゾンビを殴るっていうプレイスタイルはちゃんと維持されてる。
こういう「結構頑張ってる移殖」を見ると、元メガドライバーの血が騒ぐ…!

作家は、現実世界にコミットする必要があるのか?

村上春樹がイスラエルでやったスピーチについて、まあ一部が騒がしいこと。
その辺見てて思ったんだけど、作家ってのは現実世界にコミットする必要あるの?
「村上春樹はイスラエルに行くべきではない」
「村上春樹はイスラエルの非道について批判を述べなければならない」
「村上春樹はイスラエルを批判した実に素晴らしい」
「村上春樹は思想状況的に詰んでいた」

いやいや、一作家に期待する内容としてはおかしくない?
それとも、村上春樹はそういう反戦あるいは社会改革を志向するような小説を書いてるんだっけ?
作品に何かを仮託するのは読み手の自由だが、それを作家個人にまで押し付けるのは筋が悪いと思う。

# スピーチの要約を読む限り、村上春樹はイスラエルを批判してはいないし、そもそも何かを"批判"すらしていない。

なぜ米国では進化論が信じられないのか

ダーウィンの進化論、米国人で信じているのは40% 写真4枚 国際ニュース : AFPBB News
山本七平「空気の研究」で説明されているのでこれを読めばいいのだけど。
進化論が信じられていないのは、聖書と一致しないからという答えになる。
ならば、彼らが聖書を絶対視するのはなぜなのか?
米国プロテスタントの根本主義について引用する。


…彼らが聖書を「絶対無謬、一語一語が神の言葉で、変えることのできない唯一の真理」いわば「宇宙的な不磨の大典」とするのはそれなりの理由がある。
言うまでもなくそれは、宗教改革そのものの起点であり、「教皇はそう言う、だが聖書はかく言う」が改革者共通の立場、いわば聖書を絶対の権威として、地上における神の代理人ローマ教皇の絶対的権威に対抗したわけであり、従って「聖書の絶対性」を崩せば自らも崩壊するから、これは譲れぬ一線になる。
従って、我々には奇妙に見える根本主義の背後には、これのみを唯一の権威・典拠として血みどろの解放闘争を続けた数百年があるわけで、簡単な嘲笑でそれを消し去るわけにはいかない…

…いわば彼らにとって、一つの合理性追求と聖書絶対は一体になっているのであって、それを一体化し合理的組織的思考体系となしうるために神学が要請されているわけである。
従って合理性と聖書的神政制とは、宗教と科学という形で必ずしも対立しているのでなく、一方の追求は究極的には一方の成就という発想になる。
これは科学者のファンダメンタリストにほぼ共通しており、これはピューリタンのものの考え方に起因しているように思われる…

…(プロテスタントの)根本主義者において「聖書絶対と合理性」は分ちがたい…



そして、日本の根本主義とは、
…それは一言でいえば空気を醸成し、水を指し、水という雨が体系的思想を全部腐食して解体し、それぞれを自らの通常性の中に解体吸収しつつ、その表面に出ている「言葉」は相矛盾するものを平然と併存させておける状態なのである。これがおそらく我々のあらゆる体制の背後にある神政制だが、この神政制の基礎はおそらく汎神論であり、従ってそれは汎神論的神政制と呼ばれるべきものである…

山本七平「空気の研究」が素晴らしいのは、米国と日本をきっちり比較して、両者の思想の特徴を際立たせていることだろう。
唯神論と汎神論、"合理性と非合理性の両輪が改革の動力"、合理性の敗北、黙示文学etc…

Like a DaydreamのミクCD「StrayLight」

ほしかった音楽CD 3つ。
HMO and Worksを無事入手できた。
怒首領蜂大復活のサントラも無事入手できた。
さて、最後の大物、wintermute様のミクCD「StrayLight」が告知された。
Like a Daydream - ミクフェス2当選

straylight - レンズに入る望ましくない光。あるいは、紡錘体の終端部にある、テスィエ=アシュプール家の住処。

今回ばかりは直接足を運ばないといけないかもしれない。

(ネタバレ)wii フラジールの感想

以下、フラジールのネタバレがあるので注意してください。







wiiのフラジールをクリアした。
最初に書いておこう。点数を付けると30~40点ぐらいしかない。システム・ストーリー・ボリューム…あらゆる要素が中途半端な凡作。
だけど、このゲームの結末について、何かを書かずにはいられなくなった。

物語の節々で挿入される、幻燈機のような映像と主人公のモノローグ。それは、この旅がすでに過去のものであることを仄めかす。
廃墟となったホテルで出逢う、チヨの言葉が心にモヤを拡げていく。
"旅が終わってもなお、毎日は続いていく。思い出という宝石があれば生きていける" 。

グラスケイジの再起動を阻止した。けれど、人類は滅んだまま。
旅の途中で出逢った仲間や友達を失い、数年後には銀髪の女の子も失い、主人公は結局、ひとりぼっちになってしまう。
静かに朽ちていく世界で、破滅した世界でひとり黄昏の日々を過ごしていく。旅の思い出という宝石を愛でながら…

救いも希望もなく、諦観に満ちた結末。
私はわき上がる感情をうまく表現できないでいる。他人事とは思えず、否定したいけど否定できない…

「工業製品」に対するまなざしの違い

まつもとゆきひろ氏が語る「ビューティフルコード」セミナーに行って来た - Slow Dance を読んで。

人々が事あるごとに「○○は工業製品なんかじゃない!」と主張するような状況は、工業製品に向けるまなざしの違いから来ている。
完成した製品は、そこに至るまでに辿ったプロセス - 「設計」「物流」「生産」「組立」etc - を物語ってくれる。そこはなぜ曲線になっているのか、設計の意図は? 表面加工の使い分けは? どういう手順・方法で加工しているのか? コストとの兼ね合いは? etc.etc…
工業製品とは、全くもって「用の美」であり「読み物」であり「意匠の発露」であり「複雑と単純の拮抗」であり、「見た目は優雅だが水面下では泥臭い」ものなのだ。

プログラムの文字列を読んで感動できる、そういう能力を持つ人が少ないのと同じで、工業製品を "読める" 人も少ない。そういう単純な話なのだろう。

キャズムを超えろ! の方への返事

専門分野から上1層・下2層ぐらいに興味を持って、知識を仕入れている人と仕事をしたい - キャズムを超えろ!
で、私のブックマークコメントに返事を頂いたので。

私の個人的なコメントに時間を割かせてしまったようで申し訳ありません。
私がこの記事に良くない印象を抱いた理由ですが、
・「自分がそういう人間になりたい」ではなく、「そういう人と仕事をしたい」という、真意を計りかねるタイトル
・「知識を仕入れる」「情報を入手する」のような、一方通行を予感させる言葉
・ちょっと一杯、同期社員にメールしようといった、知り合いの利用をおおっぴらに奨励する描写
・「プロの方からフォローいただきたい」という、お願いとも要求とも取れる表現
上記のような叙述や単語があったので、何やら良くない感じを受けたということです。
これは、この記事を読んだ私がどういう印象を受けたかという "感情的な" 話で、文章の要旨 - 視野拡大のため人脈や環境を活用する - を否定しているわけではありません。
戯れ言と思って捨て置いていただけると有り難いです。

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Author:waverider

ああ、沖縄に行きたい…

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