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「0.999…は1に等しいのだよ、フフフ」

0.999・・・は1と等しいか - hiroyukikojimaの日記 を読んで。

これは雑誌「特選街」に載っていた話。
あるソフトで、整数の割り算の答が1になる場合「0.999…」と表示されるバグがあった。
それでユーザーがクレームをつけたんだけど、メーカーから返ってきた答えがコレ。
「0.999…は循環小数なので1に等しい。よってバグではない」

もちろんユーザーは激怒した。
「0.999…と1がいっしょだと? 3割る3は1に決まってるだろ、ふざけるな!」

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廃墟萌えと工場萌えに共感できない

廃墟萌えと工場萌えについて。
いや、わかるのよ廃墟と工場が萌えるってのは。
ただ、私は萌えることができない。

まず廃墟に対しては、恐怖しか感じない。「遺跡」や「遺構」と呼べるレベルまで風化すれば大丈夫だけど、人が生活していた痕跡が残っているとダメ。ただシンプルに、怖い。
wiiのフラジールはゲームなので廃墟の雰囲気を十分に楽しませてもらったが、現実の廃墟は怖くて近寄れない。
浮浪者や暴力/犯罪の痕跡や、超自然的な何かがいたらどうすんの?って考えると、近づく気なんておきません。

次に工場について。
個人的な都合により、工場というのは「試練と学習の場所」なので萌えろというのがムリ。
BLAME! や BIOMEGA ぐらいのメガロマンティックな工場なら萌えるかもしれないけど。

無神経な文章(日本語の作文技術)

プライドの高そうな表現 - 蟹亭奇譚 を読んで。

………
本田勝一「日本語の作文技術」で述べられている「無神経な文章」について、日ごろ無神経な文章を書いております私が、自戒を込めて引用させていただきます。

1.
紋切り型の表現で充満したもの。

入江徳郎「マスコミ文章入門」より---
紋切型とは、だれかが使い出し、それが広まった、公約数的な、便利な用語、ただし、表現が古くさく、手あかで汚れている言葉だ。
これを要所要所で使用すれば、表現に悩むことも苦しむこともなく、思考と時間の節約が可能になる。それゆえに、安易に使われやすい。
しかし、紋切型を使った文章は、マンネリズムの見本みたいになる。自分の実感によらず、あり合わせの、レディーメードの表現を借りるのだから、できた文章が新鮮な魅力をもつわけがなかろう。



2.
繰り返し。「…ように思われる」「…だった」「…のだ」「…である」を繰り返し使用すること。

3.
自分が笑ってはいけない。

おもしろいと読者が思うのは、描かれている内容自体がおもしろいときであって、書く人がいかにおもしろく思っているかを知っておもしろがるのではない



4.
体言止めの下品さ。

第一級の文章家は決して体言止めを愛用することがない…体言止めの文章はたいへん軽佻浮薄な印象を与える



5.
ルポタージュの過去形。

要するにこの場合の過去形は、そのあとにすべて「私は今その現場にいないで、帰ってきて机の上で書いている」という気分が深層構造として存在し、各文章ごとに「机の上で書いています」と告白していることになる



6.
サボリ敬語。敬語を正しく使わず、なんにでも「デス」をつけて済ましてしまうようなこと。


書いていて耳が痛いこと痛いこと。プリントしてディスプレイに貼付けておきたいぐらいです。

買い物とか、物を所有することについての私の感覚

買い物について - kawasakiのはてなダイアリー を読んで。

この辺は個人の感覚の違いなので、私の感覚を取り留めなく書いてみる。

1.
厳密にいうと、私はモノを買っているのではなく、"モノがもたらしてくれる恩恵"を買っている。
本それ自体を買うのではなく、"本がもたらしてくれる愉しみ" や "いつでも読み返せるというアクセス可能性" や "移動中や寝床の中でゆったり読むという利便性" を買っている。
これは何も本や音楽など,いわゆるコンテンツに限った話ではない。バイク、カメラ、食器、暖房器具etc…モノを所有するというのは、モノがもたらしてくれる恩恵や可能性や利便性を所有するということだろう。
これは特に新しい考え方というわけではない。最近のデジタル機器やネットの普及によって、こういう方向性がより明確に表れるようになったのだと思う。

2.
音楽は、リップしてMacに溜め込んだ方が利便性がいい。iTunesで音楽を再生しながら雑誌を読んだり、iPodを携えて出張に出たり、車にiPodを繋いでドライブしたり…といったことが可能になる。
CDを買うのは、「CD媒体でしか売っていない」「iTunes Storeより音質がいい」といった理由による。iTunes Storeでしか手に入らない音楽なら、躊躇なくそこで購入する。
私がCDを売らずに溜め込んでいるのは、リップしたのち売り払うという行為がフェアユースに反すると考えているから。
音楽を聴く人数が増えるのなら、その分は製作者が報酬を得るべきだ。

3.
音楽のように、購入した本をスキャンしてOCRに掛けてMacに保管すれば、検索性やアクセス性は上がるかもしれない。
しかし、本はやはり「自由な体勢で、活字で読む」のが一番楽だ。
レイアウトや印刷技術に込められた工夫や英知のおかげで、本の可読性というものはいまだにパソコンモニターの追随を許していない、と思っている。
米国ではAmazonが出した電子ブックリーダーが人気らしい。リーダーの性能が上がって本の可読性を上回る日が訪れたら、その時は電子ブックに移行するかもしれない。

4.
私は「最初から実体がないモノ = デジタルデータ」ですら、手元に置いておくことを望む。だからクラウドコンピューティングをやや懐疑的な目で見ている。
理由は、ネットワークというものの信頼性や安定性をどこか根元の所で疑っているからだと思う。
これは技術的にどうのというよりも、ネットを介してしかアクセスできないという特性を前にして何となく不安を感じるから。
クラウドコンピューティングを礼賛する人は、おそらくそういう不安をあまり感じないのだろう。
私も、生まれついてからあったもの - 例えば、郵便や電話 - については特に不安を感じない。こういうのは、つまるところ慣れの問題なのかもしれない。

5.
重要なのは、「好きなものは何か?」だと思う。
衣食住は安くあげる、本は立ち読みonly、車には乗らない…OKわかった、じゃあ「好きなものはあるの?」
好きなモノは何でもいい。本、音楽、思想、体験、食べ物、家族、人付き合いetc, etc。「モノを所有しないシンプルライフの追求」でも「ブログに何か戯言を書く」でも、何でも。

これからバイクに乗ろうと思っている人へ(パクリ)

はてなブックマークで、料理入門編みたいな記事に人気が集まっていたので、書いてみた。


これからバイクに乗ろうと思っている人へ

免許
一番の難題ともいえるが…教習所に通うのが現実的か。
普通自動車免許を取得すれば、とりあえず原付を運転できる。
自動車免許は、今でもおそらく「社会人としての必須スキル」という扱いだろう。自動車免許があれば、あとからバイクの中型・大型免許を取る時に学科が免除されるので楽になる。

道具・服装

0. 任意保険
余程の事情がない限り入っておいてください。マジで。
いくら本人のスキルが高くても、事故は起きます。

1. 長袖・長ズボン
風を受けると体力を消耗するのと、コケた時の怪我を抑えるため。
生地の薄い服は風を通して寒いしバタつくのでダメ。ダウンジャケットはああみえて防風性が皆無なので冬場では役に立たない。
基本的に、熱に弱い生地を選ばないこと(特にズボン)。スクーターならまあ大丈夫だけど、普通のバイクだとエンジンなどに接触して溶ける危険性がある。
安くあげるなら、作業着なんかを売ってる店で、安くて厚手のビニールジャンパーなんかを探してみよう。
革製品は防風性はあるが防寒性はあまりなく、区分としては春-秋物なので注意。

2. ヘルメット
安全性からいうとフルフェイスヘルメット。ヤマハなどバイクメーカーが出してるヘルメットは意外と安くてお勧め。
ハーフやジェットにしたい人は目を保護するものを必ず用意すること。石などが飛んでくると危ないし、スピードを出すと眼を開けていられないため。
サングラスは保護能力が期待できないし、水中メガネのように顔に密着させないと眼に風が入るので、お勧めできない。
ゴーグルかシールド付きのヘルメットの方がよいと思う。

3. 手袋
やはりコケた時の怪我を抑えるためなのと、寒さを防ぐため。軍手など生地の薄い物はNG。
実際にコケると分かるが、手の甲を地面に擦るようにコケるパターンがわりとあるので、手の甲にガードやクッションが付いているものがいい。
革手袋はカッコいいが手入れに気を遣うのと防寒性が低いので合成繊維または合成皮革のものが無難。

4. セキュリティ製品
U字ロックなど、単体でのロック用品は複数かけておいた方がいい。
いわゆる「鍵が円筒形のもの」は、物によっては数秒で解錠されてしまう恐れがあるため避ける。
ディスクロックは持ち運びしやすいが壊されやすいのでお勧めしない。
私はイモビライザー + 複数ロック(構造物に接続)+ バイクカバー。盗難保険に入っとくかな…

5. 靴と足下
普通の靴でいいでしょう。私は普段はウォーキングシューズ、冬場はゴアテックスの入ったトレッキングシューズで乗ってます…
冬場は、足首がめちゃめちゃ寒いので足首を隠す手段を考えましょう。
私はやや長めの防寒ズボンを着てる。バイクにまたがった時に足首が隠れる程度の長さ。


書き終って思ったが、これバイク入手前に読む意味がまったくないね…
# 人間が空を飛ぶゲームやアニメは数多くあるけど、ライダーとしては「眼の保護をせずに空を飛ぶって現実じゃムリだよな…」と思ってしまうのでした。

コーラのラベル包装が取りにくいという話

【2ch】ニュー速クオリティ:クレーム入れるほどじゃないけど改善して欲しい物
の中に、「コカコーラのラベル部分が取りにくい」ってのがあったので。
あれは「破裂した時、中身の飛び散りを抑える」という機能性を持たせているので取りにくいのです。
PETフィルムだともうちょい剥がしやすいんだけど、PETは伸びずに裂けるので炭酸飲料などには向いておりません。

# 余談。高地で製造したミネラルウォーターを都市部に運んだら気圧差でボトルが凹んで…という話もありまして。

当て投げ概論(ストII篇)

ストIVで、また当て投げの是非が議論を呼んでいるらしい。

当て投げとは、打撃を相手にヒットorガードさせ、その硬直が解ける直後を狙って投げを仕掛けるテクニックのこと。

当て投げが嫌われるのはシンプルな話で、仕掛けるリスクとリターンが釣り合っていないからである。仕掛けるのはすごく簡単だが返すのは難しいということ。
初代ストIIの頃は、当て投げはあまり問題になっていなかった。各キャラクターの性能差が激しい&対戦を前提においた調整がされていないということで、当て投げ無しだとどうにもならない場面が存在していたからである。(特にザンギエフ)
当て投げがはっきり問題になるのはストIIダッシュからで、個人的にはメーカーが「対戦バランスを見直しました」とアナウンスしたのが大きいと思っている。
リスクとリターンが釣り合っていなかった当て投げは、この時点で邪道扱いされるようになった。
ザンギエフだけは別で、打撃を当ててスクリューパイルドライバーを仕掛けるという戦法はその困難さから肯定されていた。重要なのはリスクとリターンの釣り合いなのである。
# 投げ間合いに入る困難さと、コマンド入力の困難さの合わせ技で。
# 見直したという割には、サイコクラッシャーハメやダブルニープレスハメなどの安易な固めがあったけど…


個人的見解 -- なぜストIIシリーズで投げのシステムが変更されないか
投げ、打撃、ガードの三すくみがストIIのシステムの根幹だが、ストIIでは上下ガードの揺さぶりがジャンプ攻撃を介してしか行えない(相手が地上にいる場合は下段ガードであらゆる打撃を防げる)。
つまり、三すくみと言いつつもストIIでは「ガードが強い」。
ガードを固める相手に対して、数フレームの遅らせ足払いや前後移動のフェイント行動でスーパーコンボを誘ってガードなどの、いわゆるガード崩しを実施するには、「硬直が解けたらいつでも投げが成立する」というルールが"主に心理的な見地から"必要なのだ。

# バーチャファイターのように近接での読み合い&行動難度をシビアにしすぎるのは、ストIIシリーズとしては採用しかねる方向性だろう。シビアすぎるゲームはプレイヤー人口の拡大も望み薄になるし。

投げ、打撃、ガードの三すくみから成るストIIシステムについては、幾多のゲームが改善を試みた歴史がある。
投げ返しをシステムとして導入したり、ショートジャンプや中段攻撃などの上下ガード揺さぶりを取り入れたり、ジャンプ入力やバックステップなどで投げられ判定が消えるようにしたり、ガードし続けること自体にペナルティを科したりと、数多くの改善策が現れては消えていった。
この問題に決定打が未だ無いという事実は、ストIIシステムがいかに完成されているか、あるいは、2D格闘ゲームがいかにストIIシステムに縛られているかの証左でもある。

音楽の検索性の問題

音楽に出会う場がオリコンのランキングからニコニコ動画のランキングに変わっただけじゃないの? - ARTIFACT@ハテナ系を読んで。

音楽を探すのはまあ大変でして、HMVやTowerをウロウロしてジャケ買い…じゃ金と時間がいくらあっても足りない。探し方が足りないというのはありがちな反論だが、サラリーマンには時間も気力もないわけで、その線を主張しても話が前に進まない。
ニコニコ動画は、
・ひとつの動画に複数のタグを付けられる
・動画に作者コメントが添えられている
・タグがある程度共通化されている
・マイリスト公開機能があるので、作曲者の公開曲一覧に素早くアクセスできる
・シンプルかつ視認性の良いインターフェイス
・活発なランキング変動
など、インターフェイスと検索性が単純に優れているってのがある。下手するとiTunes Storeより優秀かもしれない。音楽onlyならエコノミーでもそれほどストレスにならないし。
muzieとかMySpace程度のダメインターフェイスじゃもう探す気力が湧かないのですよ。逆に言うと、インターフェイスが良ければチャンスをもっと拡大できるわけで。

例えば、「ミクトロニカ」タグを頼りにニコニコ動画をしばらくウロウロすると、こんな良曲に巡り会えたりする。
なんという宅録エレクトロ…!

ランクゲーム列伝

どこかでバトルガレッガのランク調整の話がでていたので、ランク調整した方がいいシューティングを記憶だけで挙げてみた。ライジング系はザナックを挙げたので省いてある。

1986年 ザナック A.I. (ポニーキャニオン/コンパイル FC)
ショット発射数、パワーアップ、武器番号etcによるランク変動システムを備えた、ランクゲームの始祖とも言える存在。ちなみにこのゲームの開発者は後にバトルガレッガや鋳薔薇を…三つ子の魂百まで。

1990年 パロディウスだ!(コナミ AC)
プレイ時間 x スピードアップ数 = ランク上昇率というシステムを搭載。
2面エンドまでを0速でプレイする攻略法が存在する。
当時、プレイ時間が直接ランクに響くゲームは珍しく、「シビアなゲーム」という評価だった。
コナミは以降もこのランクシステムを採用していく。(TMNT、出たな!ツインビーなど)

1990年 エアバスター (カネコ AC)
ある程度パワーアップすると弾の種類が金属 → エネルギー弾に変わっていくが、金属弾の方が攻撃力が高い。ダライアス外伝のようにパワーアップを抑えて進むゲーム。

1991年 ガンフロンティア (タイトー AC)
ショットを空撃ちするとランクが上昇する…が、とにかく敵が硬いゲームで、無駄撃ちを避けていてもランクが抑えられている気がしない。連射付きでも厳しいゲーム。

1992年 達人王 (東亜プラン AC)
ランクゲームとまではいえないが、最強状態と最強ひとつ手前とでは敵の攻撃パターンが結構違うため、パワーアップを止めて進む攻略法が一応存在する。
# 5面以降が難しすぎてそれどころではない…

1994年 ダライアス外伝 (タイトー AC)
ショット発射数によるランク上昇と、貫通兵器ウェーブに耐性のある敵が存在するため、パワーアップを調整する要素がある。
ガレッガのように連射無しでプレイするとランク上昇を抑えられるが、連射装置があるとランク抑制プレイがほぼ無意味に。
ランクを上げてボスを倒しにくくしてパーツ破壊を狙う、といった点稼ぎが一応存在する。

1996年 ライデンファイターズ (セイブ開発 AC)
プレイ時に上昇した基礎ランクがゲームオーバーになってもリセットされない。リセットするには電源を切るしかないというとんでもないゲーム。
電源ON直後にプレイすると普段よりもゲームが簡単になっている。

1996年 蒼穹紅蓮隊(ライジング AC)
ノーマルショットのパワーアップによりランクが大きく上昇する。パワーアップを最低限に抑えてロックオンに頼りまくるのがクリアへの近道。

1999年 ギガウイング(カプコン/タクミ AC)
ボムを使うとランクが下がるという、コロンブスの卵的な発想。

2003年 ボーダーダウン(グレフ AC)
バトルガレッガの「稼ぎとエクステンドと自機つぶしの循環」が、ゲームシステムとして明確に提示されている。

…意外と少ない?

「電話でのやり取りを公開」という印象操作テクニック

瀬戸大橋光ケーブル切断でも悪いのは、低リテラシ者を犠牲にネタを作る狂言通報者だった。

まず、当事者でもない人間が電凸する正当な理由がない。あと、電凸されるのは相手先にとって業務上とっても迷惑。
下手な返答ができないし、電凸者は「組織は役割分担されており、組織のある振る舞いについて電話相手が正しく把握している可能性は低い」という社会リテラシが欠けている場合が多く、押し問答になりがち。
電話での会話をそのまま文字として掲載するのは、組織がバカでマヌケで何も考えていないという印象を与えるのに有効なやり方だ。
電話口でカッチリした返答を返すというのは、よほど質問内容に対して精通していないと無理だから、"まともな回答が返ってこないことが期待できる"。

マジコン叩きの不自然さ

何のためのマジコン販売禁止なのだろうか - wiseler : WAR IS PEACE
とか、
ユーザーの倫理観とか自社の使命感とかを前提にビジネスするな - よそ行きの妄想
とかがえらく非難されてるけど、この流れがやけに不自然だ。

だって、マジコンのような製品は、インターネットの先鋭的な民にとって「大っぴらにはいえないが礼賛すべきもの」じゃなかったっけ?

CDに施された様々なプロテクトを解除するのに情熱を傾けた人達。
DeCSSが裁判沙汰になった時、被告の「このプログラムは自己表現なんだ!」という弁明に喝采を送っていた人達。
winnyが登場した時、「これは超流通を実現できるかも」などという思考実験を真剣に行っていた人達。「宣伝の面から考えると、放流されたファイルは放置するのがベスト」とのたまった隊長さん。開発者の逮捕は不当だとする主張を飽きるほど繰り返した人達。
YouTubeやBitTorrentのような無責任スタイルが革新を生むと評価した人達。
フリーオやPV3,PT1を我らが福音と崇める人達。
etc、etc…

作品を生むにはコストがかかる。対価は支払わなければならない。
そういう原則から目を逸らし、「自分が何も貢献しなくても、コンテンツは無限に降り続ける」というTV的な概念を持ち、ダークなツールやサービスを礼賛してきた筈のネットの民。
前例を考えると、肯定とまでは行かなくても
「技術的には見るべき所がある」とか
「今のビジネスモデルが古くなってる証。もっとユーザー本意のモデルが望まれている」
とかいう主張が大勢を占める、ってのが既定路線の筈。
それが、このようなマジコン叩き路線になってしまう理由がどうにも思いつかない。

プロフィール

waverider

Author:waverider

ああ、沖縄に行きたい…

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