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結局日本では、次世代機に完全移行できなかった

2012年10月25日(木)決算説明会 任天堂株式会社 社長 岩田聡 を読んで。

ハード占有率グラフを見てると、日本でのPS3・Xbox360の占有率は、米国や欧州の半分ぐらいしかない。
つまるところ、この6年の間、いわゆるHDゲーム機は最後まで波に乗れなかったということになる。
PS2あたりから言われていた、ゲーム機が高性能すぎて開発の負担がヤバいことになるという懸念が現実に起きた。PS3が発売されてからメタルギアソリッド4が出るのに1年半。FF13が出るのに3年。GT5が出るのに4年。
Windowsで既にHD開発ノウハウのあった海外勢に対して取り返しのない差がついてしまい、海外で存在感を出せなくなった。
任天堂は開発パワーゲームを避けWiiとDSを出して成功した。「ゲーム市場を拡大する」という言葉通り、"任天堂の" ゲーム市場を拡大した。ライトユーザーという言葉ではもうくくれない、直感的でソーシャル的で人間本能に直結したゲームの台頭。そうではない従来型のゲームはニッチになり、据え置き機においてサードパーティの居場所はとても狭くなった。
不景気は続き、2007年からのiPhone登場によって携帯ゲーム市場は加速し、据え置き機に未来は無いといわれる現在。たぶんもうしばらくしたら、ゲームプラットフォームはハード非依存のサービス形態に変化せざるを得なくなる。そしてサービスを動かすOS、つまりAndroidやiOSやWindowsに首根っこ掴まれたままのモノに成り下がる。
さようなら、古き良き日々。
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ポップカルチャーの語り限界は25年説

科学的根拠も統計的根拠もまったくない話。
どっかで、評価の高い映画トップ500というページを見たんだけど、その上位を眺めていると80年代の映画がほとんど入っていないことに気付いた。
上位は90年代以降の映画が占めていて、ちらほらと不朽の名作(七人の侍とか)が顔を出すという感じ。
この順位は、ネット投票で作ったデータベースから抽出した結果らしい。だから投票した人が若い人中心なのかも…と考えて、そこで思いついた。

私の印象で言うと、映画館にはオッサンが来ていない。本屋にもいない。ゲーセンにもいない。CD屋にもいない。
80年代の映画が印象に残っているのは、その時期をティーンエイジャーとして過ごした人たちだろう。逆算すると40代以下。
そして40すぎると、こういうポップカルチャーに触れなくなるし話もしなくなる。境遇も変化するし身体や精神の衰えもある。「もうそんなことに時間費やしてる年齢じゃない」と。
逆算すると、ポップカルチャーが語られるその限界は25年程度ということ。あとはタイムレスつまり不朽の名作だけが口端に登るようになる。

知らない人にとってみれば25年前なんて完全に「むかし」なわけで、話の内容がどうであれ特に誰も不幸にはならず、好きなようにすればいいと思う。私だって生まれる前の話は伝聞でしか知らないし。

シューティングゲームが初心者お断りになっていった歴史

以下、シューティングゲームをSTGと略します。
STGが大きく人気を集めたことは過去2回しかありません。最初がスペースインベーダー、次がゼビウス。私の記憶が正しければ、家庭用ゲームで出荷100万本を超えたSTGはゼビウスだけです。そこからSTGの売り上げはずーっと落ち続けているだろうというのが私の印象です。
Wikipediaによればファミコン版ゼビウスが1984年11月。そしてファミコン版スターフォースが約半年後に出ています。
ゼビウスはけっこう展開がスローなゲームでしたが、スターフォースはかなりハイテンポでした。白状すると、スターフォースを初めてプレイしたときは2分持たずに終了しました。展開が速すぎて脳がまったく追いつかなかったことをいまでも思い出します。

スターフォースでは展開が速くなってよりエキサイティングになっていますが、ついていけない人も増えました。
怒首領蜂大復活はTATSUJINに比べると褒めて伸ばす感じかもしれませんが、少し本腰入れてプレイしだすと、考えることが飛躍的に増えていることに気付くでしょう。ショットとレーザーの切り替え、ハイパー、レーザーカウンター、蜂の出現と取得、コンボ、中ボス、大ボス、オールクリアを見据えたリソース管理…
新機軸を入れたぶんだけ、単位時間あたりのプレイヤー負荷が単調増加してしまうのがSTGの弱点です。選択肢は増えても、プレイヤーに与えられる時間的余裕は増えないからです。
ゲームを面白くするために入れる新機軸やテンポアップが、そのまんま一見さんへの障壁に転化するという負のスパイラル。STGの進化の歴史は、初心者を排除する歴史とイコールです。

他のジャンルだと、この問題はいろんな方法で回避されています。
RPGならゲームのテンポをユーザーのコントロール化に置けるものが多いし、マリオシリーズなんかは「複数ステージを連続プレイさせない」「特殊変身・特殊な操作はステージごとに固定」「コインに体力回復の要素を持たせる」のように、プレイヤー負荷を巧妙に低減しています。
格闘ゲームなどは、ものによってはSTGよりもシビアな負荷を要求しますが、「対人戦」「人間やロボによる肉弾戦」というきわめて魅力的な要素が過疎化をある程度防止しています。
コミュニケーションや物語は、「簡単ですよ〜」「ヘタクソなあなたにもワンチャンありますよ〜」という猫なで声よりもよっぽど人を惹きつけるのです。

そして人は物語を作り出す

昨日書いた、IBM元開発者「チェス王者にスパコンが勝てたのは、バグのおかげ」 の話の続き。
この記事のオリジナルはNate Silver’s ‘The Signal and the Noise’で、そこからWired.com → Wired.jp と流れていき、途中で文意がぼやけていき、センセーショナルな印象は逆に強まっていった。
そして人は物語を作る。それは欠けたピースを埋めようとするものかもしれないし、鏡に映った自分の意図を語るものかもしれない。

case1. ウィッカーマン
原文を読む限り、バグが原因で処理不能になってしまい「完全にランダムな手を打つ」という"最終安全装置"が働いた、ということらしい。
ランダム処理を行ったこと自体がバグであるとは誰も言っていない。むしろランダム処理は安全装置だったとはっきり言っている。
でもこの記事に「技術者の意図をバグだと見なすヤカラ」を幻視した人がいた。そのヤカラに燃やされているのはたぶんウィッカーマンだ。

case2. 神の一手
このバグは第1試合の終盤、しかもディープブルーが負けかかっているときに起きた。この手そのものが勝利の一手になったわけではない。
もし仮に、勝利を決めた一手が完全ランダムで繰り出されたものだったらそれはセンセーショナルな話題だ。実際はそうではなかったけど。
でもそうだったら素敵だ。いやきっとそうだったんだよ。勝利を決めた一手はランダムだった。いや、勝利を決めた一手はバグだった! like a rollingstone.

case3. 知性はバグから生じた
バグそれ自身は、ランダム処理を誘発したにすぎない。ならば知性はランダム=偶然から生じるのだろうか。
偶然の中に知性や価値や意図を見いだすのは、それを観察している人間だ。偶然それ自体に知性はない。犬に仏性ありや?
だから「偶然うまくいった!」と思ったとき、観察者は目の前の事象を鏡にして "自分自身の知性" を見ているにすぎない。
ディープブルーは、ランダムモードで放った無作為な一手を自分自身で評価しただろうか?
内蔵されたアルゴリズムを使うよりサイコロを振った方が良い結果が出る場合があると "ディープブルー自身が" 認識して自己を改変したなら、それは知性の始まりかもしれない。「自分の判断はサイコロに劣る」という "自己言及" が行われているからだ。
ただ実際には、プログラマーがランダム処理を組み込むのが関の山だろう。「私の組んだアルゴリズムはランダム処理に劣る場合がある」という自己言及は、ディープブルーが行うのではなくプログラマーが行っている。
知性の付与はバグによるものではなく、バグを見た人間が自己言及することにより成されるもの。
既に知性を獲得しているものが自己言及するのは、コーラを飲んだらゲップが出るぐらいような当たり前の話でしかない。

人は無作為なものに意図を求めてしまう

IBM元開発者「チェス王者にスパコンが勝てたのは、バグのおかげ」 より。

この記事の原文の原文をインチキ翻訳してみる。

ディープブルーにはほんのいくつかバグがあった。インタビューの最後にキャンプベルは、1997年のカスパロフとの第一試合終盤に起きた事件について、いたずらっぽく話してくれた。
「試合中にバグが起こり、そのせいでカスパロフはディープブルーの能力を誤解したんでしょう。その動きがバグだという考えに至ることはありませんでした」
そのバグはカスパロフとの第一試合、44手目に起きた;プレイ不能になり、プログラムは最後の安全策「完全にランダムな手を指す」状態に落ちてしまっていた。
このバグはささいなものであり、すでに負けかかっている試合後半で生じた。開発チームは次の日にそれを修復した。
「そのバグは以前に一度、1997年初頭のテストプレイで目にしたもので、修正したと思っていたものでした。不幸にも私たちがミスしていた事例のひとつでした」
実際には、そのバグはディープブルーにとって決して不幸ではなかった。

…中略…

カスパロフは(第一試合の44手目、何の根拠も無い)直感に反した動きが、特別な知性のサインだと考えていた。
それが単なるバグだと考えることはなかったのである。


ビデオゲームでも、CPUの判断にランダムを軽く混ぜると強さが一気に上がったりする。プレイヤーがCPUのルーチンを過大評価してしまいスムーズにプレイできなくなるというわけ。

マクドナルドがレジからメニュー表を無くしたらしい

マクドナルドがレジからメニュー表を無くしたらしい、レジのテーブルに貼ってある一覧表のことだろう。
客単価を上げるためとか、視覚障害者には買いづらいとかいろんな考察が出てます。

…んで、わたしが行く飲食店の形態を思い出してみると、そもそもレジにメニュー表がある店が少ない。
・うどん屋 = 上の方にメニュー表が飾ってある。並んでいる間に決めておいて、注文してうどんを受け取ったのち清算。
・ファミレスやラーメン屋 = 席に座ってからメニュー表を見て、店員を呼んで注文。食べたあとで清算。
・屋台 = 屋根?からメニューを書いた短冊がぶら下がってる。買うものを決めてから屋台に近づいて注文、清算、受け取り。
・食券方式 = 食券を取りあえず買う。券売機の前で決めたり、そこに至るまでに決めておく。そのあと券を渡して受け取り、席へ移動。
レジにメニュー表があるというと…ファストフード、スターバックス、映画館の売店など。どれも舶来文化なのは偶然だろうか。

ファストフードは特に、普通の食堂なんかと比べると、
・写真が付いてないとどんな食べ物か分からない!
・セットメニューも複雑でどれ頼んでいいのか悩む!
・商品バリエーションが多くてしかも横文字だらけなのでスムーズに注文できない!
というボトルネックが強烈である。(あくまで個人的な感想です)
つまりメニューを決める・注文するところで必ず時間を取られるから、レジにメニュー表があればもちろんレジで流れが滞るだろう、と。
かといってうどん屋や屋台のような表示にするにはメニュー構成が複雑すぎるしお洒落感も落ちるし…上手い解決方法を思いつかない。

言葉が絞り込まれていない

これはSFか? という話をすると何らかのネガティブな反応が起こりがちですが。
「そんなのSFじゃない!」という勢力を私自身はほとんど見たことがなく、逆に「それもSFだよ!」という勢力はしょっちゅう見ます。
SFの定義はsci-fi、つまり「科学的な想像」ですが、この科学的というのがSFだと非常に幅広いです。スペースオペラ、タイムトラベル、平行世界、宇宙生物、ハイテク。
また、結局のところは「想像」であるため、ファンタジーとSFは近しい関係にあります。異世界、超心理学、幻想文学… 手元にある30年以上前の資料ですら「SFとファンタジーは区別が難しくなっている」と書かれています。
言葉の意味する範囲が広すぎるのなら、細分化します。例えば「わたし音楽が好きです」 → 「わたしジャズが好きです」 → 「わたしスウィングジャズが好きです」のように、言いたいことを絞りこんでいけばいい。
ただ単に絞り込みがなされていないところに「SFを分かってないですね」と宣うファンがいたとしたら、それは確かにうっとうしい。
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ああ、沖縄に行きたい…

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