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デンソーのイリジウムタフが1万km持たなかった

前回の車検のとき、デンソーのイリジウムタフを入れてみた。「10万km持ちます!」という宣伝文句がついてたやつ。
んで、この前の定期点検で「スパークプラグがかなり消耗してますねえ〜」と言われた。
ハハハ冗談でしょう、まだ1万kmも走ってないっすよ? …と思って覗いてみたら、消耗してやがる! 3番気筒のプラグなんぞ電極がほぼ残ってない!

うんまあ、10万km持つとはさすがに思ってなかったけど、標準品の倍ぐらいは持ってもいいんじゃない? これだと寿命が長いどころか通常イリジウムプラグと全然変わらない。

というわけで今回はデンソーやめてNGKのイリジウムプラグを入れてみました。なんとなく出足が良くなったような気がします。
最近の車はプラグがかなり取り外しにくいらしいけど、私の愛車は素人でも簡単に外せる位置にあるのでササッと交換できて楽です。バイクもこのぐらいプラグ交換楽ならいいのに。
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人はそれぞれの形で優しい - ヱヴァQ ネタバレ全開感想

ここからはヱヴァQのネタバレ全開感想あるいは妄想です。引き返すならいま。
















Qの感想としてまず挙がるのは、人気(ひとけ)のなさ。
破までは生活の息吹がありました。都市に生きる人々、学校、使徒防衛における総力戦。
ところが、Qの風景は the day after であり、中盤でシンジ君が目にするのは廃墟となったネルフ本部と、破滅した地上の風景。
すべてが終わったあとの風景は静かで美しい。エヴァはビジュアルインパクトの塊だけど、それはこのQでも色褪せてません。ネルフ本部は廃墟というより巨大な墓標で、世界が半壊したにもかかわらず14年のあいだ墓守をしていたゲンドウと冬月先生、そしてネルフとの闘いを継続するヴィーレという構図にやるせなさのようなものを感じます。
やるせなさといえば、エンディングに流れる曲「桜流し」の雰囲気も圧倒的です。音楽の持つ力を再認識させられます。

破のラストで旧劇言うところの「S2機関取り込み」が起こったらしく、ネルフが配備している使徒ライクな兵器、新型エヴァ、2号機のビーストモード、それらには最強使徒ゼルエルが持っていた「硬軟自在・容積無視の包帯」「巨神兵ライクな破壊光線」なんかが備わってました。
文明が潰えた荒野でいまなお、生き残りがそれぞれの望みを通すため、世界を破滅させたテクノロジーを操って黙示録的なバトルを展開する。Qには前二作にはなかったSF的な寂寥感があります。

登場人物については…ミサトとアスカかなー、やっぱり。
シンジ君からしたら、起きてみれば14年経過、周りの人はなんか微妙な態度、ミサトさんには突き放され、レイは救出できていないと散々ですが、中盤でシンジ君がカヲル君から洗脳くらってる場面を見たあとは、逆にミサトさん達のことを考えてしまった。

カヲル君はシンジ君を「君は罪なんだよ」という。だけどちょっと待ってほしい、彼は確かに破のラストでサードインパクトのきっかけを作ったかもしれないけど、そのあとに本物のサードインパクトを起こしたのはネルフとゼーレですよね? というか最初から起こす気でしたよね奴ら。
爆心地の惨状を見る限り、旧劇と同じようにレイかあるいはレイに連なる何かを媒体としてサードインパクトを起こし、最終的には槍二本差し込まれて中断されたっぽい。
元ネルフ職員の立場からすれば、「ネルフの目的はサードインパクト防止ではなく、彼らの望みの媒体でサードインパクトを行うことだった。使徒を撃退して世界を守っていると思っていたのに実は人類滅亡に加担していた、しかも子供を手駒に使って」なわけで、ヴィーレとして戦いつづけているのもそのへん忸怩たる思いがあるためかもしれない。
で、そこへ来て、14年前に時間が止まった少年が起き抜けに言うわけです。「アレカラドウナッタンデスカ?」「アヤナミハドウナッタンデスカ?」と。
想像してみる。もしかしたら破の後、ミサトさん一行はネルフに敵対してサードインパクトを止めようとしたのかもしれない。でも止まらなかった。サードインパクトの発動を止められなかったという事実はミサトさんたちに影を落としている筈。
そこに、過去の少年が過去のまま現れて、純粋な問いを投げかける。それ自体が罪の告発です。私だったらその場から逃げだすね。
特にミサトさんは作戦指揮をとって、シンジ君の保護者になって、結果といえばサードインパクトで世界崩壊ですから。私がミサトさんだったらシンジ君に正面切って相対する自信がないです。
シンジ君へのイライラが押さえきれないのもまたアレで。「きっかけ作ったのはあんたでしょ」とか「うっさい黙れ何も知らないくせに」とかいう呪いの言葉をはかないのは流石です。イライラの真の原因は罪の告発者であるシンジ君ではなく、ミサトさんが持つ罪それ自体なので。

…そして、ミサトさんはやっぱりシンジ君に優しい。
本当なら、サードインパクトのきっかけを作った人間であり、シンクロ率0%とはいえ覚醒の兆候もあり、使徒化?している可能性もあるシンジ君はすげえ危険な存在であり、そのまま棺桶に封印しとけばいい筈。でもそうはせず、ちゃんと起こして人間扱いしてる。
サードインパクトの顛末を教えるとシンジ君が潰れかねないのでそこは知らせない。他のクルーの反応を見ると箝口令を敷いている感じもする。実際カヲル君から顛末を聞かされたときシンジ君は予想通り潰れかけてたし。
シンジ君の首に爆弾を付けて起爆スイッチは自分で握ってるけど、シンジ君がさらわれる場面ではやっぱりボタンを押せない。

ミサトさんだけじゃない。赤城博士も優しい。首輪を付ける理由をきっちり説明するのは科学者なりの優しさだし、起爆ボタンを押せなかったミサトさんに対して何も非難しない。
トウジの妹も優しい。シンジ君がサードインパクトの直接原因だとしたらもっとキツい態度でもおかしくない。きっとトウジやミサトさんから、エヴァパイロットしてのシンジ君の様子を聞いてたのかもしれない。さすがに「エヴァに今後乗らないで」とは言ってましたが、この発言は厳密にはシンジ君を非難してるわけではない。

そしてアスカ。相変わらずバカシンジ呼ばわりですけど、全体通して見るといまでもシンジ君のことが気になるんだなー、と。
彼女もミサトさんと同じく、本気でシンジ君を嫌ってるわけではない。ギャーギャーうるさいのは彼女の標準動作っぽいし。マリはそのへん理解してて彼女の悪態を受け流してますし。
シンジ君が起きたときすぐに様子を見に行ってマリに茶化されたり、爆心地での戦闘だってマリがバックアップしてるんだから殺す気でやれば13号機を抹殺できたはず。だけど実際には「殴ってでもバカシンジを止めるっ」でした。ラストでもエントリープラグのハッチを開けてシンジ君を叩き起こし、そして手を引いてやる。

優しいと言えばカヲル君も優しかったけど、シンジ君に近づく手法は「弱った人間をインチキ宗教にはめる手法」そのものでした。
情報を与えず、目的を与えず、徐々にシンジ君に取り入って、彼が犯した罪を伝えてさらに弱らせ、そこにアメをぶら下げて、最後にはフォースインパクトを起こすようそそのかすことに成功する。
彼の誤算は洗脳が効きすぎていたことで、状況がおかしいことに気付いて途中で引き返そうとするもシンジ君がそれを聞き入れずに強行しちゃいました。犯した罪をなかったことにできるという甘言を弄した結果、シンジ君はそこに執着するようになってしまい、最終的にはカヲル君自身が自殺して誤ったフォースインパクトを止める。
帳尻合わせをシンジ君にさせず自分で行ったのは優しさを通り越して愛かもしれない。
このへんの、誤った道に引き入れようとするカヲル君とそれを止めようとするミサトさんやアスカという構図。新興宗教にハマった身内を足抜けさせようとする話を思い出します。
ハマった当人からすれば甘い言葉をかけてくれる勧誘者の方が優しくて、足抜けを勧めてくる家族は優しくないんですけど、誤った道に進もうとする身内を強い言葉で引き止めるのもまた優しさなんです。

…Qで、シンジ君の周りにいる人たちはそれぞれの形でシンジ君に対して優しかったけど、本人にはそれが伝わっていなかった。
カヲル君の愛は伝わったのだろうか? 伝わったかもしれないがシンジ君はそれに気付かないかもしれないし、カヲル君はもういない。
ミサトさんやアスカの優しさは伝わるだろうか? 永久に伝わらないかもしれないし、Everybody finds love in the end かもしれない。ラストシーンのアスカのように、手を引くことしかできないかもしれない。
でもたぶん、手を引くことは無意味ではない。だからあの結末にはささやかな希望を感じるのだろう。

映画感想:ヱヴァQ(わずかにネタバレあり)

ヱヴァQ観てきました。ネタバレを最小限に抑えた感想を。

最初の30分ぐらいは、「リメイクは破で終わって、ここからは新しい物語なんだ!」と思ったけど、終わってみればやっぱりリメイクでした。ストーリーは全然違うけどリメイク。観れば分かります、たぶん。
例の組織のあれ、庵野監督はやっぱりネルフのように地下基地に引きこもるよりもああいう感じの方が好きなんだろうかと。完全にナディアとかトップを狙えとかのノリでした。
ヱヴァと言えばしょっちゅう逡巡しててすっきり戦わないシンジ君ですが、今回のQの状況を見る限り、わざと不干渉にすることでシンジ君とカヲル君が近づくよう持っていってるという邪推すら可能なレベルでした。すべてはゼーレのシナリオ通りに。
というか、碇親子は愛した人に何かをそそのかされる血筋なのだろう。ねえ、ユイさん。

冒頭から最後に至るまで、このQは the day after でした。背景美術はとても印象的です。
311?そうかもしれない。
あの日に戻りたい? そうかもしれない。しかし。
残念ながら、世界の歪みを個人的な動機で修正しようという行為は、失敗して現状肯定せざるを得ないというオチになると昔から決まっている。

ラストシーンは、旧劇場版を観た人は特に思うところがあるだろう。世界が壊れた - the day after - だとしても、人生は続く - life goes on - なのである。
見た人それぞれの感情があると思うけど、私はあのシーンにささやかな希望を感じました。

映画感想:劇場版 機動警察パトレイバー2

ニコ生で劇場版パト2を久しぶりに見ました。10年以上前にビデオで一度見たきりだったので細部を完全に忘れてて、以前とはまったく違う印象を受けました。

当時、雑誌ニュータイプに製作決定を伝える記事が載っていて、「東京で内戦をしてみようと思うんです」という押井守の言葉が強く印象に残っている。
「内戦」についてのイメージは各人でかなり異なる。私は内戦と聞くと、民族闘争やそれに伴う虐殺などの暗いイメージしか思い浮かばない。
パト2での内戦状態というのはこう70年代的というか、戒厳令が敷かれ、軍隊が街の至るところに駐屯し、敵対組織はテロルを基本形態とする、みたいな感じ。
柘植さんは東京をして「かりそめの平和」というが、その本人が再現した内戦状態もまた虚構だった。
ラストシーンでの松井さんの問いが虚しい。松井さんは柘植を、政府転覆を企てるテロリストの類いだと思っていたけど、彼の動機と言えば、平和ボケした日本に冷や水ぶっかけるという類いのものだった。自ら戦争に赴き、PKOで実際の戦争を体験し、考えることが「お前ら平和ボケの目え覚まさせたる」なんだからどうしようもない。

いま見ると、内戦状態が作られていく様の方がはるかに印象に残る。
交通封鎖した状態で橋を爆破。爆破したとおぼしき戦闘機が偶然撮影されたビデオに映っていた(もしくは、意図的に撮影された)。そこから導きだされる憶測。
爆破された橋そのものの様子はほとんど描写されない。代わりに、橋の爆破を伝えるニュース映像が繰り返される。
主人公である後藤隊長や南雲さんも、ことの成り行きを伝聞でしか知ることができない。メディアから。荒川さんから。いつもの情報源から。…それらの正しさを誰も保証してくれない。
「確固たる情報がない」状態から憶測を作って世に放つ。憶測は憶測を呼び、何が正しいのか判断できなくなる。結果的に公安と自衛隊が反目しあい、戒厳令の発令までに至る。

荒川と後藤隊長の会話。この国で何かを裁くのは、もの言わぬ神 = 大衆である、と。
大衆はいつも正しいか? メディアから、他人から、"加工された" 情報しか受け取れないのに。
何が正しいのか分からない状態で何かを為すしかないのなら、社会はこの映画のように、ちょっとした細工で簡単に崩壊する危険性をはらんでいる。
この辺りはいま観ても古びておらず、むしろ現在の状況がこの映画を予言めいたものにしてしまっているのが恐ろしい。
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Author:waverider

ああ、沖縄に行きたい…

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