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スペースハリアーは永遠の憧れ

Nintendo3DSで3Dスペースハリアーが登場して一部で盛り上がってるわけですが、若い方から見るとなんで中年どもが20年以上前のゲームにワイワイ言っているのか分からないかもしれません。
私も自分が知らない古いもの、80年代前半のナムコ黄金期とかYMOとかをいまこの現在に騒がれてもピンと来なかったりするし。
というわけで、そのへんを何とか伝えようとしてみました。

1. 技術的な "スーパーカー"
スペースハリアーは1985年に出荷されましたが、当時の技術水準で3Dゲームを作った場合、いまいちなものしか作れないというのが普通でした。
グラフィックでいうと、ワイヤーフレームだったり単色ポリゴンだったり。
動作速度がとにかくモッタリだったり、1対1のボール押し込みゲームみたいなものしか実現できなかったり。
セガが少し前に出したハングオンも、技術的には「家庭用ゲーム機でも何とか作れるもの」であって、そこまでのインパクトはありませんでした。現在ハングオンの話をすると例のバイク形筐体の話ばっかりされるのがいい証拠です。
ところが、スペースハリアーはそんな常識をことごとくぶち壊して現れました。
同時発色32000色の美麗なグラフィック。60fpsで展開する高速戦闘。ドラゴンなど巨大キャラクターのなめらかな動き。レースゲームと違い画面いっぱいを使って動く自キャラ。そして自キャラの高度に合わせて視点も上下する見事な疑似3D。
現在のハード性能から見ると取るに足らないかもしれませんが、当時のプレイヤーからすると、軽自動車で満足してたらF1マシンが殴り込んできたぐらいのインパクトがありました。
つまり、スペースハリアーというのは憧れのスーパーカーのような存在なのです。
スクウェアもナムコもコナミもこのゲームに憧れたし、その他にも多くの開発者が他のハードであれを再現しようと試みました。その憧れの感情が、いまになっても支持される最大の理由です。
当時はセガが自社タイトルの囲い込みを重要視してなかったためスペースハリアーは多くのハードに移植されることになりましたが、完全移植は11年後のセガサターンまで実現しませんでした。そのくらいオリジナルが化け物だったということです。

2. 古びないゲーム性
セガ体感ゲームにはいろんなタイトルがありますが、その中でもスペースハリアーのゲーム性は現代でも通用するものがあります。
画面奥から迫る敵を撃ち、弾をかわし、障害物を避ける。それらが60fpsかつハイスピードで展開する。ゲームルールを知らない人でも短時間で理解できる分かりやすさと迫力があります。
そして遊びやすさについてもちゃんと工夫されています。ラフに狙ってもこちらのショットがちゃんと敵に当たる補正があったり、敵の出現・敵の弾発射・敵弾の通過など敵の起こすアクションすべてに効果音が付けられているので画面が見にくくても状況がある程度つかめるようになっています。スタートから一定時間はいくらミスしても残機が減らない仕様もあります。このあたりの配慮は、後発の体感ゲームよりも格段に優れています。
そんなわけでスペースハリアーは、いつ遊んでも古びた感じがしないのです。

…とこんな感じで、スペースハリアーというのは「いまプレイしても十分遊べる、かつての憧れのスーパーカー」なのです。このゲームが騒がれる理由が少しでも伝われば幸いです。
いまならNintedo3DSで立体視対応のスペースハリアーがプレイできます。裸眼立体視のスペースハリアーは新鮮な驚きがあり、オリジナルから27年たってなお我々を興奮させてくれるのです。
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初めてのコミケ体験記(半年前)

冬のコミケが始まったそうですね。ここであえて、半年前の夏コミに行った話をしましょう。
行った理由はいろいろあるけど、一度自分の目でコミケを見てみたかったというのと、広島紙屋町でのボカロCDの取り扱いが悪くなったというのがあります。マイナーな新譜がほとんど入らなくなってしまい、通販も良いけど直接見に行くのもアリでは?という。

まあ本当に素人だったのでカタログ不要なのを知らずにカタログ買ったりしましたが、サークルカッと一覧を眺めてるだけでも楽しいし、参加者へのアドバイスもまったく適切でした。実際に行ってみて「やっぱ公式の情報は正しいのだなー」と。
カタログは超重いので会場に持っては行かないけど参加者、特に初心者は買ったほうがいいと思った。

コミケはサバイバルだ!的な話がそこら中にありますが、アドバイス通り昼過ぎから会場入りしたのでそういうシビアな感じはまったくなかったです。
人間の流れも整理されてて、人はとても多いけど流れは滞らず。整理ノウハウすげえなと思ったり。
ただ私は音楽とゲームジャンルしか歩かなかったので、企業ブース方面や東方Project方面に行ったりしたらどうなってたか分かりません。

会場の雰囲気はまさに「即売会」。とっても大規模な。
よくネットで見かけるワイドショー的なネタよりも、 同人誌@コミケットから、雑誌の未来が見えてくる!? の中段あたりの描写がコミケの印象をいちばん的確に表してました。
壁サークルとか、コスプレとか、売り手との交流とか、クオリティの玉石混淆ぶりとか。伝聞でしか知らなかったものも百聞は一見に如かず。行けば分かる、というやつ。
クオリティだけで測れば多少のマイナスはあるかもしれない、だけど小さな机の上に並べてあるそれは「そこにしかないもの」。お宝とはそういうものであり、それを訪ね歩く楽しさは唯一無二のもの。
売り手との会話、たとえば目当てのボカロPのスペースに行くとP自身が座っていて、「聞いてますよー!」などと言葉を交わすのも楽しかったです。「ありがとうございます!」とか言われると「いやありがとうと言いたいのはこっちです!」と心の中で思ったり。

…というわけで、実際に行ってみると印象が大きく変わりました。多くの人がコミケを特別視する理由も分かった気がします。やっぱり体験してみないと分からんことはあるものでした。

人の視界は揺れない

3DSでスペースハリアー3Dが出るんだけど、プレイ画面が実際に傾く「ムービング筐体再現機能」があるとのこと。

スペースハリアー3Dのはお笑いで良いとして、視界を揺らすことでリアルさを出そうとする思想がある。
DOOMではプレイヤーが歩くと視界が上下に揺れる。実際に人が歩くと頭は少し上下するから、この表現はリアルである。
ダークソウルでは、巨大なボスが着地すると画面が振動する。地面が揺れているので視界も揺れるというリアルな表現である。
これらの手法は多くのゲームに採用されている。

ところで、あなたが歩いているとき、その視界は上下に揺れているだろうか。
地震が起きたとき、あなたの視界は揺れに合わせて動いているだろうか。
おそらく揺れていない。
走ったり飛んだりすれば頭はもちろん激しく動くけど、あなたの視界はゲームのように揺れていないはずだ。認知レベルでは、人の視界はそう簡単には揺れない。
実際のところ、良心的なゲームでは視界の揺れをon-offするオプションが付いている。

これらの表現をリアルだとする思想は、映像作品のそれから来ている。
逆光でのレンズフレア、モーションブラー、カメラの揺れなど、多くのリアル表現は映像作品からの流用なのだ。
ただし、生身の人間が逆光を見てもレンズフレアは見えないし、モーションブラーも見えないし、視界も揺れない。
ゲームは映像作品とは違うので、映像作品の表現技法をそのまま流用することで視認性やプレイ感覚を損なう場合もある。

病院の待ち時間

少し前、耳の調子が悪くなったので耳鼻科に行ったときのこと。
病院に電話をかけると「初診の予約は受け付けていないので、取りあえず来てください』と言われたので、仕事の帰りに病院に寄った。
アンケート用紙に病状なんかを記入し、人でいっぱいの待合室で自分の番を待った。
待つこと2時間、私の番は本当に最後だった。待合室に入ってきたのは私が最後ではなかったが、初診だったので順番が後回しにされたのだろう。

松本人志は確か「人間のイライラの原因はだいたい "トロいこと" にある」と言っていた。前の車が遅い。対応が遅い。注文した昼飯がなかなか出てこない。確かに「トロい」はイライラの有力な原因になっている。

世の中には、何らかの理由によりこの「トロい」を軽減できる場合がある。飛行機の場合だと、プラチナ会員になってたりプレミアムチケットを買ってたりしていると優先搭乗できる。電車だと特急なんかもそう。
ただし通常、こういうプレミアムな客と一般客は、同じ空間には居ないし、決定的な差異もつかない。
優先搭乗なら、プレミアムな客が先に搭乗するし、そもそも飛行機の到着時刻はプレミアムだろうが一般だろうが変わらない。
電車なら、特急列車に一般客は乗車しない。
ナニワ金融道の作者は「新幹線のグリーン車とは差別そのもの」と言った。金を払えば不平等が許されるというのは幻想で、ゾーニングが行われていない場合は差別が可視化されてしまい、怒りを感じる人は減らない。
もし病院の待合室にこういった優待制を導入した場合、おそらく差別の可視化が避けられない。

特に男性に顕著なものとして、何か厄介な話をされたとき、いくつ議題があるのかを事前に知らされていないとイライラが増すというものがある。ひとつ議題が終わったときに予告なく次の議題を持ち出されるとカチンと来るわけ。

カプコンのゲーム「ファイナルファイト」では、ステージクリアごとに「全体のうちどこまで進んだか」が表示される。アメリカ法人からの要望に応じて入れたものらしい。
もう少し違う例を挙げると、道路工事で片側交互通行になっているとき、一定間隔で赤と青が切り替わる信号が設置してある。
昔は、この信号機には赤青のランプしか付いていなかったが、15年ぐらい前から待ち時間表示タイプが普及しだした。青になるまであと何秒かが分かるようになっている。
また、銀行の窓口にはたいてい整理券発行機がある。整理券を取ると番号が振ってある。そして窓口にはただいま何番のお客さんに応対しているか表示されている。それを見れば自分の番があとどのぐらいか何となく掴めるようになっている。これも以前には無かったシステムだ。

待ち時間を減らす良い手段がないとき、客のイライラを押さえる手として簡易かつ効果があるのは「予想待ち時間を客に見せること」。今までの例で出した通り、様々な分野で使われている普遍的な手法である。

恩赦制の人生に希望はない

こんにちは、キモオタです。
浜野『なんとかはキリストを超えた』:あきれた。 を読んでて、本題とは関係ないことを少し考えた。

世界が豊かで優しいからキモオタでいられるというのであれば、そこに本当の希望はない。
マンガHUNTER×HUNTERで、敵が主人公の命をお情けで救うシーンがある。「君は僕のおかげで生きられるんだよ、それを忘れるな」という屈辱的なセリフを残す。
世界というのは実際には社会や常識や規範といったもの、あるいはそれから外れていない「まともな人間」を言い換えているだけで、それらが「君たちは不快で救いがたくて排除したいけどまあ居てもいいよ」という "優しさ" をもってしてはじめてオタクが生きられるのなら、そこに精神的自由はない。

生きられるだけで希望があると思え。お前たちは我々のおかげで生きることができる。オタクに存在価値無し。ええまったく反論の余地もない。生きててすいませんという言葉を唱えるだけで精一杯です。
便利な概念なので "オタク" の所をいろんな言葉に変えてみるといい。生活保護受給者とか、公務員とか、年金受給者とかに。夕飯が少し美味しくなるから。

銃撃戦ゲームが好きなのは銃撃戦が好きだから

【コラム】なぜ人は敵を銃で撃つゲームが好きなのか? を読んで。
この文章を読んでいると、全米ライフル境界の声明文を思い出す。いかに銃が素晴らしいものであるかを滔々と述べたあれ。
銃撃戦ゲームが好きな理由は、銃撃戦が好きだからです、再帰的だけどここから先はない。
銃撃戦がなぜ好きか? ということだともっと暗い部分に踏み込むことになるかもしれないけど。
ゲーム脳の論評と同じで、理にかなっているから面白いなどというのは銃撃戦大好きな自分を肯定するための方便にすぎません。戦略性? 反射神経? 知力? それFPS限定じゃないですし。
FPSに限らず、娯楽が受け入れられる理由というのはもっと根源的なところにあり、身体にいいとか頭の体操になるとかボケ防止になるとかいうのは補助的なものです。それは始めるきっかけにはなるかもしれないけど、娯楽を楽しんでいるその瞬間はもっと根源的なものを感じているはず。
ただ、背徳的ともいえる行為をおおっぴらに好き好き言うと社会との軋轢が発生するので、この記事のように銃撃戦ゲームのポジティブな面を強調しておくのはアリだとは思う。

iOS ドラゴンコインズをちょっとプレイしてみた

チュートリアルがきわめて懇切丁寧で、チュートリアル完遂でレアアイテムを貰える。「ご褒美あげるから逃げないで」感がすごい、ここまでしないといけないのか…という感想を持つ。
敵との戦闘はゲームセンターに昔からあるメダルシュート方式。あの落とせそうで落とせないやつを見事に移植してあり、コンボやスキル発動もあるのでついコインを連続シュートしてしまう。ギャンブル心をくすぐるのがうまい。
戦闘に勝利し、モンスターカードをゲットして、それを売ったり合成したりでモンスターを成長させるんだけど、レアモンスターと通常モンスターの性能差が大きすぎて成長作業がほぼ拷問の予感。このへんで課金させる仕組みだろう。


しばらくプレイしてて、やるせない気持ちになった。
このゲームはユーザー動向を研究した結果の産物だ。逆に考えると
  • チュートリアルがめんどくさいとプレイヤーがその場で投げ出す。
  • ビデオゲームの文脈ではない、ギャンブルのベタ移植こそがもっともプレイヤーを駆り立てる。
  • 有料だと手に取ってもらえないから基本無料にしてゲーム内課金で稼ぐ。
ということだ。
メーカーの改良とユーザーのフィードバックが統計的かつ高速に行われた結果がこのドラゴンコインズのようなゲームなのだろう。
作った方は売り上げが伸びてガッツポーズかもしれない。でもこれじゃ、プレイヤーは欲望を刺激されて金落とすだけの動物で、しかもそれはプレイヤー集団の行動が研究された結果そうなっている。
ゲームの未来に別の道はなかったのか。どうしてこうなった。

欲望を刺激されるのがゲームの楽しさだとしたら、悪態つきながらダークソウルで死にまくる形の欲望刺激のほうが何千倍もマシだ。
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Author:waverider

ああ、沖縄に行きたい…

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