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大和ミュージアムの艦これオンリーに行きました

11月24日の呉・艦これオンリーに行ってきました。
地方都市での開催、しかしお題は大人気の艦これ。コミケなどに参加している有名サークルも名を連ねている。
人出が多いのか少ないのかまったく読めない…
昼の12時開催だったので、余裕を見て11時に大和ミュージアムに到着。その時点でざっと500人以上が列を作ってました。公式発表だと1000人だったようです。
…考えが甘かった!

呉港ターミナルビルの2階から眺めると、大和ミュージアムの芝生広場にコミケよろしくカタログ購入組と一般入場組が分かれて並んでいました。
スペース入口が館の横面、芝生広場は館の裏手なので、ミュージアムに来る一般客からは待機列が全然見えない。まあ館内からは見えてましたが。

とりあえず隣のビルに移動して呉蔵元屋の艦これ地酒セットを購入。
限定300セットだったので瞬殺かと思いきや意外とあっさり買えました。赤城さんの等身大看板が目立ってました。

あの人数だとしばらくは入れないと踏んで、大和ミュージアム見学に切り替え。
ミュージアムは初めてではなかったけど、艦これにハマったあとだと常設資料がまた違って見えるのが面白い。
目玉は1/10スケールの大和模型。しかしそれ以外の展示もこんなに濃い内容だったかと改めて感心してしまう。
艦艇の命名規則、金剛に載ってたヤーロー缶、数多くの艦艇写真、進水式の記念品、呉工廠が建造した艦艇の精密模型、多聞丸の直筆文、酸素魚雷や三式弾・徹甲弾の現物展示、そして沖縄特攻や呉空襲の資料…

オンリーから流れてきた見学者もそこそこいたようです。順路終点に有名艦船の模型展示があるんですが明らかに提督と思われる人達がいました。金剛・愛宕・扶桑・島風etcの精密模型が一堂に会していて見応えがあるのです。
あと、艦艇の名前がびっしり書かれた連合艦隊湯呑みが飛ぶように売れてました。

13時過ぎ、まだ待機列が解消されていなかったので、てつのくじら館に移動。
潜水艦を陸地に上げてそのまま博物館にしています。展示は海上自衛隊の機雷撤去任務の紹介。
こちらも各種機雷や掃海作業器具の現物展示があり、潜水艦の内部にちょっとお邪魔することもできます。
司令室から潜望鏡で呉港を眺めたり、魚雷装填室を上から眺めたり。

14時になると待機列が館内だけになっていたので並びました。15分ほど並んで入場。
さすがに大手は売り切れていたようですが、その他の同人誌や小物はいろいろ買うことができました。
ラインナップはやはり人気キャラに集中してる感じかなー? 成人向けNGだったので落ち着いた雰囲気。
コミケで見かけるような、刺激的なイラストが大書されたバッグなども無かったようです。周辺でもそういうのを持ち歩いている人は見なかった。
客層はやはり若いです。私のようなオッサンは希少種でした。女性もちらほら見かけました。
館外では旅行ケースを引いている人を見かけたので、遠方から来た人も結構いたようです。

頒布スペースはかなり狭く人は多くて一方通行を強いられる感じ(この季節なのに冷房が入っていたぐらいの熱気!)でしたが、隣接する展望テラスを荷物の整理、コスプレの撮影、軽い休憩などに使えたのがかなり効果的だったようです。
テラスが無かったら人大杉で破綻していたかもしれません。天気に恵まれたのもラッキーでした。
テラスからの眺めも抜群、IHIや呉地方総監部が一望できてまさに鎮守府を展望するがごとし。

イベントは15時まででしたが待機列が完全に無くなるのに14時30分までかかってしまったらしく、16時エンドに延長されてました。
私は15時までウロウロして、そこから無事に帰宅。大きなトラブルも無かったようで幸いでした。

kancolle_only1124
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PS VITA TV 簡易レビュー

PS VITA TV バリューパックを買いました。
以下、簡単なインプレッションです。

素の本体を買うとコントローラもメモリーカードも付いてこない。
内蔵メモリ1GBあるしVITAソフト用スロットもあるのでゲームがプレイできないわけではないが、メモリーカードにゲームを溜めて簡単に切り替え可能な環境にしたい…というわけでバリューパックを購入。
本体は驚くほど小さい。ポケットティッシュと同じかそれ以下の面積しかない。

ネットワークは有線LANと無線LANの両方が使える。
TVにつないでネットワーク設定をするといきなりシステムアップデート3.00が来る。どないやねん。
PlaystationStoreでゲームを買ったことがあるなら、同じアカウントでサインインして購入済みゲームをダウンロードすればいい。3台制限があるのでPSPやVITAを複数持ってる人は注意する必要がある。

PSPからのセーブデータ移行にはコンテンツ管理アシスタントをPC/Macにインストールする必要がある。
SCEのサイトからContent Manager Assistant for PlayStation®をダウンロードしてインストール

コンテンツ管理アシスタントの環境設定にPSPからのデータ移行手順が書いてあるのでその通りにする

PCとPS VITA TVを同じローカルネットワークに接続、PS VITA TVからPC/Macを認証するとデータのやり取りが可能になる。
注意点として、PSPのセーブデータをPCにコピーした後は、コンテンツ管理アシスタントを再起動する必要がある。
一度PS VITA TV側でPSPゲームを起動してしまっている場合は、PS VITA TV側のセーブデータを一度削除してからデータ移行しないとデータが更新されない場合がある。
また、PS VITA TVとの接続時にはたぶんファイアウォールを切らないとつながらない。

説明書では本体とコントローラをUSBで繋いでプレイしてくださいと書いてあるけど、PS3と同じくワイヤレスでプレイできる。
当たり前だが携帯ゲームに比べるとコントローラの方が操作しやすい。大画面TV+コントローラでの快適プレイがPS VITA TVの特徴だ。
USB接続でコントローラを充電したりPSボタンで本体電源をon/offしたりと、PS3と同じ使い勝手。
ただしこちらはVITAベースなのでスタンバイからの復帰が短時間のうちに完了する。カッコいい。
スタンバイに入ってしばらくするとディープスタンバイになって、コントローラのPSボタンを二度押さないと復帰しなくなる。
1度目でコントローラのランプが4つ全て点滅 → 1つだけ点灯状態になったらもう一度PSボタンを押す、という操作で復帰できる。取説に書いていない動作である。

・PS3とPSPとでHDMI端子を共用している
・PS VITA TVがスタンバイ
・PS3をプレイ
以上の条件で、PS3プレイ中に突然画面がPS VITA TV側に切り替わる現象が起きる。
HDMI端子の共用をやめるか、PS VITA TVを電源off状態にすれば解消できる。

あくまで中身はVITA。ホーム画面や機能もたぶんほぼ同じ。
解像度は最大1080iだけどその前にVITAの解像度がそこまで高くないので、拡大表示 = 少し画面がぼやけて見える。

VITAタイトルの入力遅延はまったく感じられず、快適にプレイできる。(TV側の入力遅延を除く)
PSPタイトルはモロに拡大表示。アンチエリアシングがonのままで切ることができない。
PSPタイトルは2フレームほど入力遅延しているように感じる。うちのTVはRegzaのゲームダイレクトなので合計で3フレームほど遅延していることになるが遊べないレベルではない。STGはかなり厳しいがなんとかプレイできる。
PS1ゲームアーカイブスはPS3と同じく入力遅延がひどい。タイトな操作を要求されるゲームはまともに遊べないと思っていい。

PSPとPS1ゲームアーカイブスについてはVITAよりもPSPの方が遅延が少ない。
大画面+コントローラの快適プレイを採るか、PSP本体での遅延レスなプレイを採るか、悩ましい。

劇場版まどかマギカの悪魔学

劇場版まどか☆マギカのネタバレ全開なので注意です。









まずそもそも、悪魔とは何か。
カトリック百科事典では、悪魔というものを定義するのに「神の敵手」という表現を用いている。つまり

悪魔とは、神の反像である。
神が出現しない限り、悪魔も出現しない。


世界には素敵なもの、残酷なもの、ひどいものなどが渾然となって存在しているが、人間にとって残酷なものでも神にとってはそうではない。
ヘラクレイトスの言葉を借りれば「神にとってはこの世の一切が正しい」のであって、それは悪ではなく、災いや死の脅威というたぐいのものである。

人間が神を「善なるもの」と定義したことにより、渾然一体だった善悪のうち悪が切り離され、世界が「秩序ある状態」になった。ただしそれは分断状態でもある。
世界の分断は抑圧として作用し、結果として分断以前の、原初状態への回帰願望を生んだ。
秩序以前への回帰。秩序を生んだのが神ならば、それは必然的に「神の反像」の形をとる。これがいわゆる悪魔主義(サタニズム)である。

ただし、これはあくまで人間の側から見た話で、世界は相変わらず神にとって「一切が正しい」ままである。
善悪というのは人間特有の問題だ。不死である神は善いことも残酷なことも分け隔てなく行なう。有限の命しか持たない人間がその諸行為を「自分の都合で」善いものと悪いものとに振り分ける。
死への脅威から生じる「自分の都合」。ショーペンハウアーが「個別の原理」と呼び、仏陀が「渇愛」と呼んだもの。これにより、一切が正しいはずの世界が善と悪に分かれて見えるのである。

まとめるとこういう流れになる。

原初状態(善悪が渾然一体) → 善神の出現による世界の分断(秩序の出現) → 原初状態への回帰願望(悪魔主義)




実のところ、概念まどかの出現以前と以後とで、エントロピー効率を除けば世界は大して変わっていない。
円環の理は魔法少女の希望も、それに伴う魔女の発生も否定しておらず、ただ現世への魔女出現を防いでいるだけ(終わりのときに迎えにくる = 救済)なのだ。
ただ、人間まどかを「自分の都合で」渇望するほむらは、最後の時に迎えにくるのを待ち続けるなどという、不確実で永すぎる道のりに耐えられなかったのだろう。神の救済を待てない信者というのは宗教の永遠のテーマでもある。
おとなしく神の迎えに従うのではなく、あくまで「自分の都合」を優先させた形で神への回帰を試みる。
このほむらの強烈な人間らしさに私はひどく共感してしまう。
プロフィール

waverider

Author:waverider

ああ、沖縄に行きたい…

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