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言葉:「音楽は、それが表現している対象そのもの」

1993年に発売された「聖剣伝説2 オリジナルサウンドバージョン」がiTunes Storeで人気を維持している。
当時のCDには、作曲者である菊田裕樹氏のコメントが添えられていた。情熱あふれる言葉のすべてを、14年の時を超えて。

 音楽はメッセージではない。
 例えばそれは僕の心の中に湧き起こった様々な感情や衝動を、僕自身のものとして表現するひとつの手段ではあるのだけれども、それは決して、単なる記号であるべきではないと、僕は考える。
 一般的に「音楽」と呼ばれる、ある音の連なりが、そのパターンに対応する特定の感情を引き起こすというのは事実ではあるし、ドラマに於ける劇的演出などのように、極端に突出した心理的状況を、且つ迅速に構築せねばならない場合には、そういった「音楽」が本質的に内包している感情装置としてのメカニズムが、極めて有効に働く場合も多いということは、踏まえたうえで。
 それでもやはり、音楽は、ある特定の事象や情動に対応するというだけの「記号」に堕してしまってはならないと、僕は言いたい。音楽はメッセージであってはいけない。音楽は、ある事柄や状態についての情報(メッセージ)を、伝達するためだけの道具ではないはずだ。
 極論を承知で敢えて言うならば、音楽は僕にとって、それが表現している「対象そのもの」である。自分のなかに内在する様々な要素、あるいは思考であり、あるいは感情であり、あるいは意識のレベルにさえ上がってこないような何か、そういった「自分自身を構成するパーツ達」を掻き集め、濃縮し、より純度の高いものに精錬し、最終的に音楽的創作という形に結晶させることこそが、音という、言葉の壁を越えて人の心に直截に働きかける表現手段を手中にした者の、目指すべきところではないかと僕は思う。
 僕は音楽を創ることによって、君達に何かを言いたいのではない。君たちと美を、そして人間の心の中にある何か大切なものを共有したいのだ。僕が喜びにあふれた曲を創るとき、その喜びは僕にとって本物でありたい。僕が切ない曲を創るとき、その悲しみは真に僕の心を切り裂いているものであるべきだ。なぜなら、率直であること、嘘偽りのないことは、すべてのコミュニケーションの基本にある宝物だと、僕は信じているからだ。
 今回の、聖剣伝説2というプロジェクトを手掛けるに当たって、僕が最初にしなければならなかったことは、自分の、ゲームミュージックというものに対するスタンスを明確にすることだった。音楽によって「僕自身」を表現することと「聖剣伝説2というゲーム」を表現することは、幾分重なり合う部分はあるものの、基本的には別である。その異なる二つのベクトルの間を取り結び、全体として一つのコンセプトで貫くことによって、単なるポップミュージックでも、単なるゲームミュージックでもない「何か」を創造する。それが、この仕事における、僕の出発点だったのだ。確かに、スーパーファミコンの持つ、ソフト的ハード的な制約を前にしたときに、そういう方法を選ぶことは、非常にリスキーであったと言わざるを得ないし、実際に、作業には様々な困難が付きまとった。あるいは本当に無謀な試みだったのかもしれないが、そういう類の挑戦的創作態度も、僕の身上なのだと心得ている。今はただ、その努力が無駄に終わらなかったことを感謝するのみだ。
 最後に、晴れて出版の運びとなったこの作品を、今まで僕を支えてくれたすべての人達に捧げたい。心より。感謝をこめて。
きくたひろき

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