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FPSによる死の疑似体験

「ゲーマーにとって自分の死は快感」研究を考える | WIRED VISIONより。

「死は快楽ではないか?」という考え方は、紀元前から今日に至るまで多くのチャネラー、宗教家、哲学者、文学者etc…が述べていて、これ自体は目新しいことではない。
重要なのは、FPSのような「極めて没入感の高いゲーム」の登場により、死の疑似体験が可能になったことだろう。
サターンの名作FPS「1999ファラオの復活」で"バッドトリップ"を体感したことがある。着地するはずがそのまま下方へ落下してしまうときの、喪失感に似た形容しがたい感覚。
現在のネット対戦型FPSではどうだろうか。おそらくそこは、「本当の戦場さながらのリアルさ、そして対人戦ならではの理不尽で不可避な死がプレイヤーに降り掛かる」場所だ。
そこで体験する死とその瞬間に巻き起こる感情は、現実世界でのそれに近づいているのではないだろうか? 痛みを伴わないというゲームの特性は「死こそ快楽」という真実をよりはっきりと浮かび上がらせる。

# 「痛み、あるいは感覚を伴わない」というのは真実への裏道。ゲーム、仮想現実、サイケデリック、夢、幽体離脱、瞑想…

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