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言葉:魔術は本質的には、愚鈍、無教養、もしくはアルカイックな伝承とはなんの関係もない

図説金枝篇を読んでニセ科学について考えた - あなたの正義は誰を殺しますか

種村季弘「アナクロニズム」より、H・アウホーファーの言葉。
「これまで魔術という言葉が鬼門であったのは、それが無用の長物であるためではなくて、中心概念と因果論的解式の対極にあるように思われるからであった。魔術は本質的には、愚鈍、無教養、もしくはアルカイックな伝承とはなんの関係もない。それはむしろ、おのれの生活の困難や脅威や不確かさを調整せんがための、<自然の>、無宗教の人間の試みをあらわしているのだ」

「科学的でないから呪術」なのではなく、「手持ちの技術や知識では解決できない事柄に対して用いるから科学的でない」のだ。従って呪術が科学の前段階であるという征服主義的認識も誤りで、技術や知識では扱えない、もしくは扱おうとしない領域に呪術や魔術が現れてくる。
そして、不確かな事に不確かな方法で臨むのだから、結果もまた不確かである。
これは我々がなぜ今も暦の六曜に拘ったり、地鎮祭をやったり、お守りを買ったりするのかを考えればわかる。新工場を建てるときに地鎮祭を行う経営者は「科学的ではない」のだろうか?もちろん違う。手持ちの技術や知識では対応できない不確かさがこの世界に存在する事をわかっているから我々は呪術あるいは魔術を扱うのである。



真の問題は、人間が"主観"と”客観"に依っているのに対し、"客観"しか扱わない現在の科学が世界を覆ってしまったことにある。芸術・音楽・文学・直感etc…"客観"だけでは世界を記述できないのは明らかなのに、「愚か者ども、理性をもって世界を客観視せよ!」と叫んでも状況が改善されるはずがない。
実際のところ、「禅とオートバイ修理技術」によってこの考え方が提示されてから30年以上経ったが状況は当時と変わっていないように思う。

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