スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

なぜ米国では進化論が信じられないのか

ダーウィンの進化論、米国人で信じているのは40% 写真4枚 国際ニュース : AFPBB News
山本七平「空気の研究」で説明されているのでこれを読めばいいのだけど。
進化論が信じられていないのは、聖書と一致しないからという答えになる。
ならば、彼らが聖書を絶対視するのはなぜなのか?
米国プロテスタントの根本主義について引用する。


…彼らが聖書を「絶対無謬、一語一語が神の言葉で、変えることのできない唯一の真理」いわば「宇宙的な不磨の大典」とするのはそれなりの理由がある。
言うまでもなくそれは、宗教改革そのものの起点であり、「教皇はそう言う、だが聖書はかく言う」が改革者共通の立場、いわば聖書を絶対の権威として、地上における神の代理人ローマ教皇の絶対的権威に対抗したわけであり、従って「聖書の絶対性」を崩せば自らも崩壊するから、これは譲れぬ一線になる。
従って、我々には奇妙に見える根本主義の背後には、これのみを唯一の権威・典拠として血みどろの解放闘争を続けた数百年があるわけで、簡単な嘲笑でそれを消し去るわけにはいかない…

…いわば彼らにとって、一つの合理性追求と聖書絶対は一体になっているのであって、それを一体化し合理的組織的思考体系となしうるために神学が要請されているわけである。
従って合理性と聖書的神政制とは、宗教と科学という形で必ずしも対立しているのでなく、一方の追求は究極的には一方の成就という発想になる。
これは科学者のファンダメンタリストにほぼ共通しており、これはピューリタンのものの考え方に起因しているように思われる…

…(プロテスタントの)根本主義者において「聖書絶対と合理性」は分ちがたい…



そして、日本の根本主義とは、
…それは一言でいえば空気を醸成し、水を指し、水という雨が体系的思想を全部腐食して解体し、それぞれを自らの通常性の中に解体吸収しつつ、その表面に出ている「言葉」は相矛盾するものを平然と併存させておける状態なのである。これがおそらく我々のあらゆる体制の背後にある神政制だが、この神政制の基礎はおそらく汎神論であり、従ってそれは汎神論的神政制と呼ばれるべきものである…

山本七平「空気の研究」が素晴らしいのは、米国と日本をきっちり比較して、両者の思想の特徴を際立たせていることだろう。
唯神論と汎神論、"合理性と非合理性の両輪が改革の動力"、合理性の敗北、黙示文学etc…

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

waverider

Author:waverider

ああ、沖縄に行きたい…

最近の記事
カテゴリー
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。