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コミュニケーション・ゲーム

東京ゲームショウといいつつ、ショウと直接関係ない話をだらだら書きます。

TVにつないでやる、いわゆる据え置き型ゲーム機はいずれ廃れると思ってるけど、その思いは強くなる一方。次が悪い意味で予測できない。
据え置き機を最初にあきらめるのはどこかな? という。本命SONY、対抗は任天堂。
ゲーム機戦争は携帯分野が主戦場になる。据え置き機のような性能競争と囲い込み戦略が活発化する、と妄想したり。

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日本のゲーム業界云々の話で任天堂が出てこないのは、「名作を送り出してきたブランド」と「wii sportsなど新ジャンルで先行者利益を独占」というスタイルであり、世界中の誰も真似できないから。

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飯野賢治が「いつまでマリオ作ってんだよ」と揶揄したように、任天堂は「ユーザーは見た目やブランドでソフトを購入する」ことを大変よく理解している。

「我々はなぜビデオゲームをするのか?」の答えとして、「他者とコミュニケーションを行うため」というのが一番強い。
80~90年代なら、みんながやってるゲームの話題で盛り上がる。マリオ、ドラクエ、FF。
2000年以降は、ゲーム自体がコミュニケーションを促進させる構造を持つことがヒットの条件、という流れがはっきりしてきた。
90年代のポケモンあたりから始まって、PSOやラグナロクオンラインとかで決定的になった流れ。

コミュニケーションを取るためにゲームをやる。
好きなゲームの話題で誰かと盛り上がるという古典的なスタイルから、通信対戦やデータ交換機能など「ゲーム自体にコミュニケーション促進システムがある」ゲームが台頭する。
で、ビデオゲーム入門時に、後者のようなゲームにハマった人は、時が過ぎても同じようなゲームをやる。
ケータイをガンガン使う人もまた同じ志向を取るだろう。

アランケイはかつて「人間はコミュニケーション中毒だ」と言った。
パチンコが麻薬のような吸引力を持つのと同じく、コミュニケーションもまた麻薬であり、強力な商売となる。
逆に言うと、凝った世界設定や物語"しかない"クラシックなゲームは、かつての栄光を取り戻すことはできない。
つまり、古典シューティングやJRPGや物語重視の美少女ゲームなどは、今後は死を待つだけになる。
プラットフォームの片隅で、いかに生き延びるかに汲々とする状況が定着しつつあるし。
「ゲームを介して誰かとコミュニケーションを取る」というオンリーワンな物語が、「ゲーム自身が語る物語」を駆逐した。

また、コミュニケーション主体ゲームは、売れるゲームの一極集中と多様性の欠如をますます加速させる。
コミュニケーションは止まらないから、特定のゲームの売り上げが長期間にわたって伸び続ける。
コミュニケーションは"共通項"を求めるから、特定のゲームだけが突出して売れる。
ポケモンリメイクが180万本、トモダチコレクションが90万本、ドラクエが300万本。
他のメーカからしたら「やってられるかこんなもん」だが、この流れは止まらない。

というわけで、Xbox Live アーケードが欲しくなっている。0dayとか面白そうだ。
wii wareはいまいち好みのタイトルがない...

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ああ、沖縄に行きたい…

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