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あたしオートマトンについて今さら考える

「あたし状態遷移図」、あるいは「あたし約5.2MB」 - 理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 - ファック文芸部

あたしオートマトン - 理系男子の書斎には、どうしても小説が少ない。っていうか無い。 - ファック文芸部

一年前のこれについて
グロテスクな行為 分析という名の嘲笑
というのを書いたけど、もう少し細かく。

最初に「あたしオートマトン」を見たとき、まず思ったのは「こんなシンプルなロジックで、小説を自動生成できるわけがない」だった。
このオートマトンには物語構造やフローを生成するロジックが含まれていない。
単語・文節が意味なく並んだコラージュテキストを出力するのが関の山であって、"小説"の出力はムリだろう?
そう思って眺めていると、ページの最後に「あたし彼女」への寸評が載っていた。
意訳すれば、「あたし彼女」はオートマトンで記述されたかのような文体 = 人間が書いたとは思えないシロモノであるという。

スイーツ文体(笑)、とでも言ってりゃ済むものを、わざわざ遷移図を描いて、分解・コード化してオートマトンに近似させる。
「な、オレの言った通りオートマトンだったろ?」(生身の人間が書いたとは思えないゴミクズだったろ?)
時間をかけて解体・分析して、成果といえば、「ゴミクズに見えるものをゴミクズだと証明しました」。
このような行為は、“グロテスク"と形容するのが一番ハマる。



「あたし彼女」を分析するなら、少ない語彙で物語の叙述を実現している、その技巧に目を向けたほうが実りが多いはず。
「あたし彼女」はケータイの表示能力(一画面に表示できる文字数が大変少ない、キー操作で行送り)を前提にして書かれているので、PC上で全文を一気に視認するスタイルだと「あたし彼女」が持つダイナミズムが伝わらない。この辺の話はLP文学で書いた。
「あたし彼女」のスタイルを嗤うなら、twitter小説も、サウンドノベルも、ラノベ文体も、そして短歌も川柳も狂歌も俳句も散文も。
ミニマルやダイナミズムを志向する叙述技巧は、等しく嗤わなければならないはず。
あたしオートマトンが面白いって?
安心して嗤っていられるのは、それは標的がスイーツ(笑)だから? ケータイ(笑)だから? ビッチの恋愛(笑)だから?

# たとえば、
トークセッション『言語とはなにか:書く、伝える、遺す』(長尾真×円城塔)
では、物語構造やフローを生成することの困難さについて語られている。
物語構造やフローを無視してキカイ的にテキストをリミックス・生成できればよいというのであれば、botで事足りる。
twitterなんかでは、人工無脳botが出力する面白テキストを愛でる人たちがいる。
ああいうのは生身の人間が故意にやってもウケない。
言い換えると、「botが」「偶然に」面白いテキストを出力するからウケる。
愚鈍かつ純粋なものを好み、作為よりも無作為を好み、ありふれたものよりも希少性のあるものを好む、人間の共通原理かもしれない。

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ああ、沖縄に行きたい…

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