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言葉:魔女狩りをよみがえらせる方法はいくつもある。

カール・セーガン「悪霊にさいなまれる世界」より。

魔女狩りをよみがえらせる方法はいくつもある。

自分の信念のみが唯一絶対に正しいのだと信じ込むこと。
自分だけが善によって行動し、ほかの者は悪によって行動すると思うこと。
神が語りかけているのはこの自分であって、信仰の異なる者には語りかけないと考えること。
伝統的な教義に異議を唱えたり、鋭い疑問を発したりするのは邪悪なことだと思うこと。
自分はひたすら信じ、言われたことさえしていればいいと考えること…

人がこうした信念の虜になっているかぎり、魔女狩りはさまざまに形を変えて、人類が存在するかぎり永久にくりかえされるだろう。


カール・セーガンはこの箇所を書いた時、最初の二つは宗教関係者やニセ科学信奉者に限らず、啓蒙主義者、科学主義者…いや、あらゆる人間に当てはまりうることに気付いただろうか。
魔女狩りの非科学性や非論理性を指摘し、「人を狂わす悪霊や魔女や悪魔といった類いは只の妄想である。裁判にそれらを持ち込むな!」と声を上げ続けた。
その結果、確かに言葉通りの「魔女狩り」、つまり「あいつは魔女の類なので裁いてください」という迷信ベースの異端審問は過去のものとなった。
ところで、「愚か者狩り」や「愚か者を集団リンチ」や「愚か者を市中引き回し」などは無くなっただろうか?
迷信や誤った教義を振り払ったとしても、「ある信念の虜」あるいは「愚か者を裁く快楽」という発動原理がある限り、魔女狩りは形を変えて発生し続ける。
そのとき持ち出されるものは、悪霊や魔女や悪魔といった旧い価値観ではなく、無知や非科学や反知性といった現代的な価値観だろう。

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