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Wii ラストストーリー感想。「諦めて、プレイヤーに委ねろ」

Wiiのラストストーリーをやってます。10時間ぐらいプレイした感想です。

ゲームを進めて気になるのが、カットシーンが多すぎるということ。
おおむね、以下のようなテンポでゲームが進む。

・新しい地点に到着
・ちょっと歩く → カットシーンで風景や人物を見せられる
・強制的に注視モード、ポイントになる箇所を探して注視
・またちょっと歩く → 敵がいるので隠れつつ静かに近づこう…
・と思ったら、ある程度近づいた時点でまたもカットシーン、敵の陣容を見せられる。隠密行動の意味なし。
・普通にバトル開始。バトルに勝利したら、次の場面へ歩いて移動… 以下繰り返し
・ときどき、かなり長めのカットシーンが挿入される

ラストストーリーは、Wiiの標準操作系である Wiiリモコン+ヌンチャク だと視点移動ができず、辺りを見回すには注視モードを使うしかない。
(ちなみに、クラコンだと右スティックで視点移動ができる。個人的にはクラコンでないとプレイする気にならない)
そして上記のような、風景あるいは状況を強制的に見せるカットシーンの連発。
バスツアーに例えると、バスが見所に差し掛かる度にバスガイドが客の頭を引っ掴んで「こちらをご覧ください!!」とムリヤリ頭をねじ曲げる、そんな感じ。

ゲームデザイナーというのは、理論的にはプレイヤーの行動もゲーム展開も己の思い通りにすることができる。
だがしかし、ゲームデザイナーは「己の思い描くプレイあるいは映像を、プレイヤーに誤差なしで再体験してもらう」ことを諦めるべきなんだ。
ゲーム世界がビットマップでなく立体箱庭として構築可能になったいまでは、この "諦め" の重要性はさらに増している。

マルシェの雑踏にはじめて足を踏み入れる。美しい風景スポットにたどり着く。強大な敵に遭遇する。
それらの貴重な "体験" を、このゲームはことごとくカットシーンに纏めてしまい、プレイヤーの感動や没入感を削ぎ続ける。
視点移動の機能すらプレイヤーから奪い、ゲームデザイナーが見せたいものを確実に見せようとしてくる。
それに対する私の答えは「諦めて、プレイヤーに委ねろ」だ。
見せたいように見せることを諦めて、"体験" のコントロール権をプレイヤーに返還しよう。
海外ゲームはそれを実現しているし、ゼノブレイドだって概ね実現できていた。不可能ではないはずだ、ゲームデザイナーが諦めさえすれば。

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ああ、沖縄に行きたい…

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