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「ミクパ」と「39の日感謝祭」を比較して、愛の正体をつかむ

ニコ生で見ていた「ミクパ」ですが、いろんなところで言われてる通り、前年の「39の日感謝祭」に比べるといまいちだったかなー、と感じました。
今回のミクパは愛が足りないとか言われたりしてるので、両者を比較して愛の正体をつかんでみました。

1. 映像の違い
 ミクパ = 不透明スクリーンに投影? 液晶モニタかも
 39の日 = 透過スクリーンに投影
不透明にすることで、39の日で言われてた「映り込みが激しい」「光軸が合うとミクさんが光ってよく見えない」「色再現性が低い」が大幅に改善された。すべすべのふとも(ry
がしかし、ステージにデンと鎮座する巨大モニタボックスの異物感がものすごかったり、映像が鮮明だからこそ際立つミクさんの平面っぷり、投影でない? ためミクさんが常に宙に浮いてる…など、デメリットの方が上回ってしまった感じ。
こればかりはやってみないとわからないこと。結果的には透過スクリーンの方がミクさんがそこにいる感じが強く出るということが分ったので、次からはまた透過スクリーンに戻せばOKだと思う。
※ 一応書いておくと、発売されている39の日のDVDは巧く編集されていて、ミクさんが平面に見えたり宙に浮いて見えたりする映像がほとんど無くなっています。透過スクリーンでも平面はやっぱり平面です

2. ライブの構成
おそらく、ミクパで一番マズかったのがこの部分。
まず、39の日ではいろいろな部分が行き届いている。
いくつか挙げると、
 ・冒頭、ミクさんのアカペラ(開始の告知) ~ 一転してほぼボーカルレスの曲(バンド登場) ~ ワールドイズマイン(ミクさん登場、本格的に開始)というように、曲の構成によってコンサート開始を演出している
 ・39の日では中盤の楽屋トークで「ここでちょうど半分です」と言ったり、ラスト付近にミクさんが「そろそろお別れ」と言うなど、コンサートがどのへんまで進んでるかを示すアナウンスがある
 ・1回目のメドレーパートでは早着替えを組み合わせ、2回目のメドレーパートは1曲当たりの時間を長くしたりバンド紹介を組み入れたりして…と、メドレーごとの差別化を図ってる
 ・ゲストが流れを崩さずに登場する。ルカさんは中間インターバル、楽屋トークの直後に登場して人気曲を連発するパワープレイで会場のテンションを再び持ち上げる。また、ミクさんが消失を歌ってそのまま消失 ~ 炉心のサビ部分を入れた前奏につなぐ(リンちゃん登場を予感させる)というように、凝った流れでリンちゃんが登場する
 ・ゲストからミクさんへ戻すとき、必ずデュエットを経由して戻している
 ・曲の前奏にちゃんと時間を割いている。(特に2回目のメドレーパート)
 前奏をかけることで観客に「次はあの曲が来る!」と期待させ、その通りに曲がスタートするカタルシス
 ・終盤の4曲のうち、初期の曲(ストロボナイツ、サイハテ)を2曲配置している。これも終わりを示す暗黙のアナウンスとして機能している
………で、こういう工夫や配慮が、ミクパではほとんど見られない。
39の日では、こういう細かい積み重ねがコンサートの流れを創り出していたけど、ミクパではこれが無かったので「PVをただ流していただけ」みたいな感想が出てしまっている。
逆にいうと、それだけ39の日の構成は考え抜かれていたということ。

3. ライブなのか? 祭りなのか?
39の日はコンサートと銘打たれていて、実際にその構成は徹底してコンサートだった。
それに対してミクパでは、ライブの途中に30分もの外部中継が予定されていたり、周辺でのミニイベントも色々あったようだ。
これは邪推だけど、ライブをお祭りだと拡大解釈して、ライブと直接関係ない要素を持ち込もうとするくだらない流れが今回のミクパにはあったんではなかろうか?
39の日が「前例のないチャレンジ」だったのに対して、今回が「一定の成功が約束されたイベント」という状況の違いもあったかもしれない。

…結論としては…
次にやる機会がもしあれば(というか札幌公演があります)、祭りでなくライブをやるんだという原点に立ち戻ってほしい。
ミクさんのライブを現出させるという一点に力を注ぐこと、それこそが愛の正体だとしたら、確かに今回のミクパには愛が足りなかった、といえるかも。

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ああ、沖縄に行きたい…

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