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攻殻SSS 監督コメント付き上映会を観て

この前ニコ生でやってた、攻殻SSSの監督コメント付き上映会を観ていろいろ書きたくなった。

最初に攻殻SSSを観た時、原作のエピソードを巧くリミックスしてあるなーと思った。
逆に言えば、自動介護ベッド、スナイパー同士の激突、クロマと海底採掘ロボットの戦い、傀儡回しが生まれた原因などなど、多くの要素が原作から採られているということで、細部に関しては新しいあるいは先見的な要素はなかったともいえる。
なので、それら原作準拠の要素について神山監督がいろいろ語ってるのにはちょっと違和感があった。
SSSのどこが神山監督オリジナルなのか、話を振る方が把握してないというのが問題の大元なんだけど。

士郎正宗と神山監督は発想の根元がまるで違っていて、士郎正宗が特殊部隊ものという観点で攻殻のシナリオを組んでいるのに対して、神山監督はかなり文学あるいは人情寄りというか。
例えば、攻殻SACの第2話「暴走の証明 TESTATION」。アニメスタッフのカラーが大きく出ていて、第2話なのに早くも「攻殻らしくないシナリオ」になっている。
戦車にゴースト?を移植して実家に復讐しにいく…というのはただの表面で、犯人のアンビバレンツな想いが最後の少佐の独白で分かるんだけど、この話運びは特殊部隊ものというよりTVの刑事ドラマ的だ。
笑い男が複数出現する理由も、原作ならニセ記憶を無実の市民に植え付けてニセ笑い男を量産する…みたいな流れになりそうだけど、攻殻SACではこれがミーイズムで説明される。
攻殻SSSでの高齢化社会問題に対する誘拐のインフラという発想は素晴らしいけど、これもまた特殊部隊モノというよりは社会派ドラマという趣だ。

このマンガでは根性や気持ちで優劣が決まるのではなくデジタルにシステムと電圧が優劣を決める(しかも押し合いではなく一瞬でどちらの流れが優先か決まる) - 士郎正宗


このドライさが原作攻殻の魅力だが、これをそのままTVでやるのは分の悪い賭けだと思う。
容疑者が犯行に至った理由をサラッと流して終わるような刑事ドラマが無いように、広く観てもらうためには人情や文学の要素は外せない。
神山監督の攻殻SACやSSS、押井監督のイノセンスなどは原作よりも人情寄り、つまり「分かりやすい話」になっていて、結果的に広いファン層を獲得した…という感じ。

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