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とある絶望

今日も独りで書類を修正していた。
今回のトラブルのすべては私の無知から発生した。見落としと、無知と、楽観と。
「専門家とは、非常に狭い分野で、ありとあらゆる失敗を重ねてきた人間のことである」 と、ボーアは言った。だとしたら、私は最後の最後まで失敗を重ね続けるということだ。

私は書類を修正する。しかし、そうしている間にも別の誰かが書類を増やしていく。そこに込められているノウハウや注意事項や勘による意匠などは、私には伝わらない。
他人が記した書類の意匠を知るには、その思考をトレースしなければならない。書類を調べ、時間は消費されていく。しかし意匠を確認しなければ、大きな損失が待っている。
せめて脚注やコメントがあればと思うが、それを書き残す文化は、ない。
その場しのぎの仕事をしていて、それに不満を覚えつつも誰も改善しようとしない。書類の再利用がスムーズに行えない。
やった人、知った人に聞くしかない。その人が思い出さなければ、同じ失敗を繰り返して終わり。

後に見た人間が同じ過ちを犯さないようにいままで書類を修正し、コメントもつけてきた。
だけど、高い能力を持つ少数の人間の好きにやらせて、彼らが作り出す書類を起点にただ改良と流用を重ねるようにすれば、それがいちばん効率的なのではないか?
そうすればエントロピーの増大は防げる。 意匠も、思考も、理論も、ノウハウも、彼らの頭の中にありさえすればよく、外に出さないのだから曲解もミスの再生産も起こらない。
事実、身近にいる優秀な人物は、コメントの付加も過去文献の整理も書類の修正もやっていない。頭の中にノウハウを溜め込んで出力さえ正しければ、それがいちばん効率的なんだ。

この考えに思い至り、投げやりな気分になった。

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ああ、沖縄に行きたい…

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