スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

書いて外に出さないともうどうしようもないので出した。
読まない方が良いです。











































子供の頃、町内でソフトボールのチームがあって、みんなそこに入ることになってた。
私はソフトボールが嫌いだったし野球が嫌いだった。いやそうではない。友達同士で気楽にやる空き地野球は好きだったけどチームに入ってやる野球は嫌いだった。
きっかけはよく思い出せない。たぶん強制されるのが嫌で、あと集団行動もしんどかった。友達や身内との会話は楽しいが知らない人との会話は辛い。たぶん会話自体はそんなに好きじゃなかった。今でもそうだろう。
まわりの皆はそこそこ楽しそうにやっていたけど私の内心は練習ごとに「早く終われ!」と繰り返していた。
この体験。皆はちゃんとやっているのに私だけが嫌々やっていて、私はそれを一応おもてには出さない。思い出しただけでも暗い気分になる。
悪いのは自分で、ちゃんとしなさいというかけ声には応じたい。でもはっきりいって嫌なもんは嫌で、すべてが自分のせいなのだった。
んで、あれの話。
プレッシャーは来るしそれに応えたいとは思ってる。でもダメだ。「応えたい」と思ってる時点でダメだ。自分のためにやってない。というかやる気がない。あの頃のソフトボールと同じ。
一応電話で話をしてはみた。でもそこでの会話は社交辞令そのものだった。必死で言葉と話題を選んでる自分がいて、それなのに自分のことはほとんど話さなかったように思う。コミュ障というやつだ。
そもそも、自分について話せることなど対外的には何もないのだ。大学時代、自分の好きを他人に強要していたのに気がついて、それからは自分の好きなことをおおっぴらにはアピールしなくなったし、他人を誘うこともあまりなくなった。
それに私の趣味には普遍性がない。ひとことで言うとオタクであり、まわりに共通の話題を話せる人はいない。ゲームから哲学まで私の中では一貫しているが他人からみればメチャクチャな寄せ集め。
会ってどうする? 会話なんてどうせ続かない。いやとにかく会って何かすればよいのか? いっしょにご飯でも食べる? ドライブ? というか、こんなこと思考してる時点でもうどうしようもない。そしてもうとてつもなく嫌になる。子供の頃から何の進歩もない自分に。自分で自分の首を絞めている自分に。
だから端的に言うともう放っておいてほしいのだけど、たぶん最後まで放ってはおかれず、そして最後に私は己の馬鹿さ加減を死ぬほど呪うのだ。応えられなかった自分を。自分で自分の首を絞めている自分を。
そしてここでも応えられない云々と言っている通り、私はそれについて結局最後まで自分のためにやろうとはしていないというどうしようもなさなのだ。

comment

管理者にだけメッセージを送る

プロフィール

waverider

Author:waverider

ああ、沖縄に行きたい…

最近の記事
カテゴリー
最近のトラックバック
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。