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そして人は物語を作り出す

昨日書いた、IBM元開発者「チェス王者にスパコンが勝てたのは、バグのおかげ」 の話の続き。
この記事のオリジナルはNate Silver’s ‘The Signal and the Noise’で、そこからWired.com → Wired.jp と流れていき、途中で文意がぼやけていき、センセーショナルな印象は逆に強まっていった。
そして人は物語を作る。それは欠けたピースを埋めようとするものかもしれないし、鏡に映った自分の意図を語るものかもしれない。

case1. ウィッカーマン
原文を読む限り、バグが原因で処理不能になってしまい「完全にランダムな手を打つ」という"最終安全装置"が働いた、ということらしい。
ランダム処理を行ったこと自体がバグであるとは誰も言っていない。むしろランダム処理は安全装置だったとはっきり言っている。
でもこの記事に「技術者の意図をバグだと見なすヤカラ」を幻視した人がいた。そのヤカラに燃やされているのはたぶんウィッカーマンだ。

case2. 神の一手
このバグは第1試合の終盤、しかもディープブルーが負けかかっているときに起きた。この手そのものが勝利の一手になったわけではない。
もし仮に、勝利を決めた一手が完全ランダムで繰り出されたものだったらそれはセンセーショナルな話題だ。実際はそうではなかったけど。
でもそうだったら素敵だ。いやきっとそうだったんだよ。勝利を決めた一手はランダムだった。いや、勝利を決めた一手はバグだった! like a rollingstone.

case3. 知性はバグから生じた
バグそれ自身は、ランダム処理を誘発したにすぎない。ならば知性はランダム=偶然から生じるのだろうか。
偶然の中に知性や価値や意図を見いだすのは、それを観察している人間だ。偶然それ自体に知性はない。犬に仏性ありや?
だから「偶然うまくいった!」と思ったとき、観察者は目の前の事象を鏡にして "自分自身の知性" を見ているにすぎない。
ディープブルーは、ランダムモードで放った無作為な一手を自分自身で評価しただろうか?
内蔵されたアルゴリズムを使うよりサイコロを振った方が良い結果が出る場合があると "ディープブルー自身が" 認識して自己を改変したなら、それは知性の始まりかもしれない。「自分の判断はサイコロに劣る」という "自己言及" が行われているからだ。
ただ実際には、プログラマーがランダム処理を組み込むのが関の山だろう。「私の組んだアルゴリズムはランダム処理に劣る場合がある」という自己言及は、ディープブルーが行うのではなくプログラマーが行っている。
知性の付与はバグによるものではなく、バグを見た人間が自己言及することにより成されるもの。
既に知性を獲得しているものが自己言及するのは、コーラを飲んだらゲップが出るぐらいような当たり前の話でしかない。

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