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iOSゲーム「展覧会の絵」とRPGの思い出

iOSゲーム「展覧会の絵」をプレイしました。
往年のゲームブックをAppに仕立ててあり、ページ移動もマークシートへの記録もすべて自動で気軽にプレイできる。
ゲームブックの魅力は独特の緊張感と、小説形式ならではの冒険感覚にある。冒険の途中には多くの選択が提示され、誤った選択は容赦なくプレイヤーを不利にしていく。私のように記憶力がダメな人はノートに書き留めていかないと無理で、再プレイのときに適切な選択肢をスパッと選ぶのが快感なパターンゲームである。
ゲームとしては非常に良いバランスになってます。主人公はそれぞれ効果の違う3つの歌とそれに金貨を持っていて、それを消費しながらクリアに必要な宝石を手に入れていく。
ところが歌を使い切るとGame Overで、攻略を進めていくと、宝石をゲットするのに複数の手段があり、歌や金貨のうちどれを消費するかがプレイヤーに委ねられることがわかる。
歌と金貨の持ち数は序盤で決定されてしまうので、手持ちと先の展開を考えてできるだけ歌を減らさないように進んでいくことになる。
往年のゲームブックではラスト近くにGood EndになるかBad Endになるかかが運で決まるようなものが多くあり、「展覧会の絵」でも最後の運試しがある。ただし宝石の獲得数に大きく左右されるので、宝石をできるだけ多く取得すれば運試しは簡単に突破できるような巧い設計になっている。

というわけで「展覧会の絵」、なかなかに楽しめました。

…ところで。
この展覧会の絵に限らず、ゲームブックというのはTRPGの系譜を引き継いでいる。ゲームマスターの役目を本が担っている形で、サイコロによって運試しをしたりパラメータを決めたりするのもそう。
RPGの基本は「目の前に提示される状況において、どう選択するか」という疑似体験で、敷かれたレールの上に沿って歩くものが揶揄されるのもRPGの基本条件から逸脱してるからなのかも。
そういや今年はドラクエ3の発売から20年。いまはドラクエ7のリメイクが3DSで出たところ。
ドラクエも3まではRPGの基本に沿ってた。主人公は徒手空拳の状態から始まり、世界を少しずつ探索していく。「どう選択するか」の部分が強制ではなく自然誘導の形になってて、自分の意志で危険に満ちた荒野をダンジョンを彷徨う、冒険の疑似体験。
ドラクエ4の情報が出てきたとき、その内容に失望したのをいまでも覚えている。
おてんば姫の冒険? 章仕立て? 馬車? 俺が体験したいのは冒険であって演劇やマンガじゃないし、馬車に揺られて荒野を歩くとかどんだけ緊張感ないんだよ何これ? という。
結果的にドラクエ4はスルー、ドラクエ5はプレイしたけど4の演劇要素をきっちり受け継いでいて、義務としていちおうラストまでプレイしたけどただの苦行だった。ラストダンジョンで猛獣使い?みたいな弱そうな敵に大ダメージ食らうのはいまだに思い出すと腹立ってくる。「この容姿ならこの大ダメージも理解できる」みたいなデザイン方針が皆無。ラスボスなんて全く記憶に残ってない。
そして、7だけはもしかしたら演劇要素、レールの上歩かされてる感覚が弱まってるのかもと少し考えている。主人公は凡人の出らしいし、ヒントを頼りに石盤を集めていくというのもよさそうだ。
ネットへの傾倒や長時間プレイを志向した結果、日本のRPGも本来の状態に回帰しつつある。スカイリムもトータル20万本売れたしね。

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ああ、沖縄に行きたい…

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