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最近の社会情勢について(大げさ)

特定秘密保護法案について安倍首相がいつのように美辞麗句で言い訳していた。
彼のトークは任天堂の岩田社長に似ている。聞き手に良い印象を持たせるために計算された言葉遣いをするので聞いていて不安になる。具体性に乏しく、話をごまかされているという疑惑が消えない。
三原じゅん子が力強く演説した映像を見てみたけど、しっかりやってるだのちゃんとやってるだのと何の根拠もないアピールを繰り返していた。ハマーン様に似ているらしいがそんなことマジでどうでもいい。
受けた指摘に対して「お前ら言えた立場か」と返すのは夕飯をおいしくする効果はあっても物事を進展させる効果はない。ブーメランだと指摘する快感は麻薬と同じく忌み嫌うべきものであり快楽に溺れてはいけない。

特定秘密保護法案が信用できないのは、運用を人間が担う箇所が多すぎるから。
「合理的思考」「現実的思考」「常識的思考」と唄うと賢く見えはするけど、最善の選択というものは言い換えれば場当たり的な選択のことであるし、状況をついつい肯定してしまう副作用もある。
問題は、人の視界は思った以上に狭いということ。足下しか見えないような夜の道をとりあえず転ばないように歩いた結果、崖っぷちに直面してしまうなんてことはよくある。
その場その場で「合理的」「現実的」と唱えつつ選択していったけど、引いた視点から見ると破滅への道まっしぐら! ということが簡単に起こる。

未来を正確に予測できる人間はいないので、破滅を回避するには
・過去の事例を学んで、自分が歩いている場所を掴めるようにする
・人間の判断とは独立した縛りを設けて、崖っぷちの方に行かせないようにする
という方法をとるしかない。
特定秘密保護法案にしろ憲法9条改訂にしろ、70年前の治安維持法と似た状況であること、憲法が政治家を縛る機能を持つことを考えると、どちらも危険だと言える。
今の人間が昔の人間より分別があるので大丈夫? 昔とは状況が違う? 当時の人も同じこと思ってたんじゃないかな。人間の理性などという不確かなものに頼ってはいけない。

大きな理念を無視して法律を場当たり的に作ったり無くしたりするというのは、軽量化だ!と叫んで自動車からABSやエアバックを無くしていく行為と変わらないし、ドライバーが「気を付けて運転しま〜す」というのを真に受けて安全装置の除去を認めるのはバカのすることだ。
崖っぷちに突き進んでしまうのを止めるには、視界の狭い場当たり的判断ではなく、視界の広い大きな理念をもって行なうしかない。

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ああ、沖縄に行きたい…

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