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科学についての走り書き

科学を理解するための殴り書き。

大前提:科学とは規範である。行動や判断の基準手本。だから基準から外れた行動を採っている時点でそれは「科学的ではない」。

アリストテレスの自然学は人間が知覚したことを軸に据える、いわゆる経験則だった。
それを解体して「ある普遍的な法則が現象の根幹にある」と考えたのが科学の始まり。
よって科学はまず「人間の知覚」を排除する。人によって価値が変わるものに普遍性はない。
熱い寒いではなく温度という数値で表す。美しい、見にくい、綺麗、汚いといったものは脇へ置く。普遍的なものというのは、あらゆる個人的要素を取り払ったものである。

人間の知覚が排除されたので、人は法則を概念でしか取り扱うことができない。そもそも法則は目に見えないし、説明されて始めて存在が分かるものである。
よって、法則の存在を明らかにするのは科学的証明それのみである。人間の知覚を廃して数値と数式で表す。誰がやっても同じ結果になる。実際に起きている現象と矛盾しない。これらを守って初めて普遍的な法則を見いだすことができる。
逆に言えば、証明が不完全である場合は法則が存在することにならない。
個人の思い込み。再現性がない。矛盾する現象が確認された。説明不完全な法則は存在するとはいえず、それをあると主張するのはオカルトあるいはロマンの守備範囲であって科学の守備範囲ではない。

人間は不完全な存在であり、真理を掴むことは永遠に出来ない。
ニュートンが万有引力の法則を表したとき、これでこの世の運動現象は全て説明できると思われた。しかしアインシュタインの相対性理論が出てきたことで修正を余儀なくされた。
その相対性理論ですら、量子論によって修正を迫られた。今後もまだまだ修正されるに違いない。
人類は発見した法則を永遠に修正し続けなければならない。

…ポイントは以下の通り。
1. 人間の知覚を排除する
2. 証明に成功して初めて存在するとみなせる
3. 永遠に修正を要する

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No title

オカルトは法則を一歩超えた領域を逢えて扱うわけですし、思い込みのみの塊と断言するのもいかがでしょうか。
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ああ、沖縄に行きたい…

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